やっちゃってない? 気を付けた方が良い、セリフの前提について

「お客様は神様です」

一時期話題になった。

昭和を代表する歌手、三波春夫の有名過ぎるセリフだ。

この言葉には、明確な前提が決まっている。

見れば分かるが「真摯、謙虚な姿勢」の表現として使うセリフである。

と言うのも、人とは基本的に対等・平等である前提がある。

能力・見た目・資産等の優劣があっても、個人としては平等と言う建前が基本的にあるのだ。

実際、三波春夫は、昭和を代表する大物歌手であり、ファンからすれば雲の上の存在であった。

三波春夫は、その関係があるからこそ「お客様は神様です」と言う表現によって、自身の謙虚さを維持していた。

また、三波春夫の表現した「神」は、日本古来の考え方に由来する八百万の神である。

良い神もいれば厄介な神もいるのは分かっているが、神前で歌う以上謙虚な姿勢が必要であると言う考えだ。

「お客様は神様です」とは、自身が謙虚さ(ある種の対等性)を忘れない為に使う表現なのだ。

しかし、この言葉は有名になるにつれ、クレーマーが使う常套句の様になっていた時期があった。

「お客様は神様だろ」と滅茶苦茶な要求をする者達が現れたのだ。

三波春夫本人も語っているが、使い方が間違っている。

根拠のない自身の優位性を得るために使う「お客様は神様」と言う表現は、頭が悪過ぎる

金を払っているだろうと言う人もいるが、商品やサービスを交換している時点で対等だ。

前置きが長くなったが、この記事では、例に出した様なセリフを使う前提について解説していきたい。

言葉の使用前提

言葉には、いくつも種類がある。

今回はシンプルに

  • 自分にかける言葉
  • 相手にかける言葉

に分けて考える事にする。

冒頭の例にも出したが、言葉は使う前提によって意味が変わってくる。

その中でも、自分と他人と言う立場の違いが、最も分かり易い。

「頑張れ」と言う言葉一つとっても、その効果は違って来てしまう。

自分に対して「頑張れ」と語り掛ける場合、そこには「粘り強さ」や「根性」が生まれやすい。

これは、その状況で「必要な水準」に届く様に、自身を鼓舞しようと言う使い方になるからだ。

他人に対して「頑張れ」と語り掛ける場合、そこには「粘り強さ」や「根性」を求める効果がある。

これは、「発言者が求める水準」に届かせる為に、他人を鼓舞する使い方になる。

「頑張れ」と言う言葉で問題となるのは、「必要な水準の認識の差」にある。

そして、多くの場合他人に対して「頑張れ」と語り掛ける時にこそ、問題が起きる。

「頑張れ」と鼓舞された側の人間が「必要な水準」や、そもそも「必要性」に対して認識に開きがあると「頑張りようがない」と言う事だ。

かける言葉=求める水準

言葉を投げかける行為自体、対象となる相手に何かを求めている場合が殆どである。

自分であれ、他人であれ、それは変わらない。

反応、返答、行動を求めるから、言葉を投げかけるのだ。

「根性見せろ」「努力しろ」「踏ん張れ」「頑張れ」等の言葉が、現実で一定層に嫌われるのは、求める水準の「曖昧さ」が大きく係わる。

相手が求める水準が「曖昧」であれば、到達点が見えない。

そんな状態では、投げかけられた側は期待に応えようがない。

だが、投げかける側は曖昧に鼓舞すれば良いだけなので、楽なのだ。

つまり、無責任であったり、適当なセリフである場合が「発言者によって」多い事で、これらのセリフは嫌われる。

だが、事前に「必要水準」が両者で一致している場合は、前向きなセリフとして機能する。

同じセリフでも、そこに曖昧さは無くなり、純粋な鼓舞の言葉になるからだ。

だから、自分に対して使う場合は、嫌な感じはしないだろう。

そこには、自分で分かっている求める水準が見えているからだ。

まとめ

と、まあ、この様に、言葉には使う前提として

  • セリフを放つ立場
  • 対象に求める水準(価値観)

がある事が分かった。

物語創作者であれば、これらを意識するだけで「感じの良いキャラクター」や「感じの悪いキャラクター」を状況とセリフで容易に表現出来るだろう。

感じの良いキャラクターは、水準観をある程度一致させてから語り掛けて来る。

感じの悪いキャラクターは、滅茶苦茶で曖昧な水準観を一方的に押し付け、主人公を困らせたり、搾取しようとするだろう。

主人公が他のキャラクターに自分の水準観を押し付けている場合、作者が意図しない嫌われる主人公になる場合があるので、気を付けた方が良い。

私の所に相談へ来る人の作品で、読者に愛されたいキャラクターが「嫌な奴になる」事に悩んでいる人は、これが原因である事が実に多い。

を合わせて読んで貰えると、物語の「敵」や「悪」に対して理解が深まると思う。

また、これらは現実にも適応されるので、一方的に相手に対して自分の求める水準を押し付けていないか、や、お互いの必要だと考える水準に落差が無いか、等を話し合い、一致させる事が出来れば、以前より円滑なコミュニケーションを取る事が出来る様になるかもしれない。

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よろしく。

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