【体験談】何が人生を変えるのか?

前書き

これは、私個人の体験談であり、感じた事である。

万人に当てはまる物では無いが、一例として、気楽に読んで貰えればと思う。

また、記憶にある事実を思い出し羅列するので、成人期までは飛ばして読んで貰って構わない。

プロフィールと重複する内容もあるが、基本は補足であり、掘り下げである。

記事の意図としては『こんなダメ人間でも、人生どうにか出来るらしい』と言う事例が、誰か一人の希望にでもなればと思った次第である。

結論

出会いは、人生を変えるか?

結論から言えば、イエスだ。

出会いなんて、無いと嘆いている人は、安心して欲しい。

出会いは、人とは限らない。

また、一つの出会いが、人生を激変させる事もある。

出会いは、コントロール出来るか?

これに関しては、ノーだ。

一見、素晴らしい出会いに思えても、幸せな経過や結末が待っているとは限らないし、最悪の出会いが結果的に人生を上向かせる事もある。

幼少期

私は、物心つく頃には人見知りで、年相応に頭の悪い子供だった。

私は、基本的に憶病で、習得が遅く、馬鹿な人間と言う自意識からのスタートだった。

両親は義務教育開始前から国語、算数、英語を教え込もうと努力をしていた様子だが、あり得ない高価格の幼児用教材代は、無駄になった事だけは間違いない。

この件は、今でも時々ネタにされる。

人生初の友達は、公演デビューで知り合った近所の子供や、幼稚園で知り合った子供だった気がする。

この頃から、私は少し変わった子供で、女の子に「おままごと、やろう」と誘われれば、喜んでやるのだが、自分から猫や犬や亀と言ったペットを率先してやりたがった。

忠犬にでも憧れていたのか、と言うと、そうでもない。

その年齢にして、お父さんお母さんと言った社会的な役割や職業よりも、別の生き物に強い憧れを抱いていた。

子供心に、人間社会よりも動物の方が幸せそうに見えていた点で、早くもヤバそうな子供である。

そのせいかは知らないが、男の子どうしで遊ぶ「ごっこ遊び」では、既に脇役が板につき、戦隊物なら「赤以外」と言ったヒエラルキーの下層にいた事も覚えている。

小学校

勉強も、幼稚園のお遊戯も真面目に出来ないエリート劣等生は、嫌々小学校に通い始める事になった。

幼稚園からの友達がいなかったら、速攻で孤立していたと思う。

最初、勉強に関しては、特に詰まる事も無く、先生に怒られる事が怖くてルール通りの生活を送り始めた時期でもある。

テストで満点を取れば褒められ、絵を描けば上手いと褒められ、リレーで1位を取ればまた褒められ……

言いなりになると、良い子でいると褒められる事を学ぶと同時に、嘘をつく事も学んだ時期である。

徐々に、テレビゲーム、アニメ、特撮、漫画に忙しくなり始めると、勉強との両立が高学年から難しくなった。

そして私は、少しずつ勉強を切り捨てた。

当時、仲の良かった友達が中学受験をすると決まると、事実上の絶縁状態になったのは、地味に堪えた……

長らく似た趣味を持っていて、毎日楽しく過ごしていた友達が、ある日、気が付くと自分の事を哀れな馬鹿を見る目で蔑んでいたのだ。

まあ、実際バカだったのだから、仕方がないのかもしれないが……

だが、当時はそんな事を分かっていなかったので、どうして良いのかわからなかった。

クラス単位でイジメをされる事も、する事も、この頃に経験した。

子供は、バカで残酷だ。

中学生

晴れて、一部の科目が完全についていけなくなった私は、得意だった美術以外は、早々に平常点だけで乗り越える事に決めていた。

と言っても、授業はまあまあ聞いているし、ノートは平常点の為に取っていたのでどうにかなる事も多かった。

赤点だけを避け、校則通りに生活し、実際の勉強は学校以外で出来る限りしない。

部活も幽霊部員で、出来る限りオタク趣味に打ち込んでいた。

要領が悪いバカな中坊なので、赤点を取る事も、0点を取る事さえあったが、最終的な平常点は、満点に近かった。

なので当時、目標が低すぎる高校進学には、なんら困らなかった。

そもそも、勉強する気が無く、周囲が高校に行くから、どこでも良いから勉強しないで行こうと言う思考で選んだ為、高校受験さえしなかった。

スクールカースト的にも成績的にも中の下だったが、私はどういう訳か、望まない形の友人にだけは恵まれていた。

具体的に言えば、カースト違いの友人だ。

私は、オタクで、バカと言う下層にいたが、上層の人間に好かれる事が何故か多かった。

その為、荒れた学校だったにも関わらず、笑えない事件に巻き込まれる事も無くオタク生活を満喫して卒業する事が出来た。

ちなみに、学校の荒れ方的には、金のネックレスを付けた髪を染めた先輩が全校生徒からカンパを集めたり、下級生がリンチに遭って骨折してそのまま転校したり、と言った感じの物騒な中学だった。

高校生

私は、順当に劣等生を拗らせた。

勉強しないでなんとか入れた高校で、将来の事を考えなければいけない時期なのに、変わらずオタク生活を送っていた。

中学の時に味を占めた平常点戦法で、やはり勉強を最低限に抑え、毎日遊んでいた。

しかし、障害が発生した。

教師に、嫌われたのである。

平常点戦法で適当に卒業しようとしている生徒にとって、教師からの心証が良くないのは、かなり痛い。

もし、私が勉強をする気が無い事で気分を害されているのであれば、勉強するフリぐらいはサービスしただろう。

だが、問題の根幹は、教師が人間的に私を本気で嫌っていた事だ。

まあ、単に気にくわなったのだろう。

それまでにも、私を毛嫌いする教師は何人も出会ってきたが、感情的かつ実害が出たのは、この時が初めてだった。

教師による個人へのイビリは、些細な事だとしても学校生活に生きづらさを感じたが、当時は誰に助けを求めればいいかなどまるで分らず、泣き寝入りするしかなかった。

そんな事がありつつも、平常点戦法でなんとか卒業出来た私は、大学では無く、某エンタメ系専門学校に行く事を、結構早い時期から決めていた。

ぶっちゃけ、卒業さえ出来れば成績なんてどうでも良い進路であった。

まあ、高校に入って、私は「学校生活は無駄」だと心の底から感じていたし、大学に行ってまで学びたい事も当時は無く、大学卒業の肩書に魅力も感じていなかった。

振り返ってみれば、見事なまでに社会に適合出来ておらず、先行きの見通しも甘かった。

専門学校

どんな理由であっても、私は初めて自分の意志で進路を決めていた。

言い訳不能の自己責任で、人生が動き始めて感じたが、その実感を持つには遅すぎた。

高校で学校が無駄だと学んだのに、私は自分の好きな事なら無駄にならないと思い込んでいた。

自分をまるで理解出来ていない。

行った学校も、思い返してみれば、酷い所だった。

ハッキリ言って、書店で売っている教本で十分に学べる基礎を、元プロやプロになれなかった講師が適当に教えてくれる程度の授業しかなく、通った意味は殆んどなかった。

漫画学科に入った理由は、漫画が読むのが好きで、絵を描くのが好きだったからと言う理由だった。

絵を描くのが好きで、漫画を描くのが好きだった訳ではない事のヤバさに気付いていないぐらい頭が悪かった。

通っている間に描き上げた漫画は、単位の為に提出しなければならない数本のみ。

当然だが、在学中も卒業後も、プロの漫画家にはなれなかった。

そもそも、漫画を描くのが好きなのでは無く、絵を描くのが好きと言う時点で、入る学科を間違っているが、後の祭りである。

晴れて社会人に

飛ばして読んだ人の為に書いておくと、私はここまで「必要」では無く「卒業」最低限の事しかせず、オタク趣味だけを消費して未成年と言う貴重な期間を終えてしまっていた。

もう、ヤバい感じしかしないだろう。

実際、酷い物だった。

漫画を描く以外に、一発逆転への道がない状態なのに、漫画が上手に描けないのだ。

人生、詰んでいる。

過ぎて見れば「バカな奴」と客観的に見れるが、当時は「自分なりに頑張っている」と本気で思っていた節がある。

働きながら投稿

卒豪後、知り合いの伝手で不動産の会社にアルバイトで入り込み、やりたくもない作業を毎日しながら漫画を描いていた。

漫画は完成まで時間がかかり過ぎ、投稿しても落選していった。

何年か経つと社員にならないかと話も来たが、職場の環境に耐えられず、辞めてしまった。

お局様に嫌われていた私は、その環境にいる事が苦痛になっていたので、簡単に言えば逃げ出したのだ。

全く別の職種、医療系の会社に普通に面接をしてアルバイトで入り、またやりたくもない作業をしながら漫画を描く日々。

心のどこかで、このままではダメと言う事が分かっていても、具体的にどうすれば良いのか分からない。

働いて、その内社員になるか、別の仕事に転職するか、漫画家として、せめて担当編集者だけでもつけるか……

人生の道が、それしかない様に感じながら生きるのは、かなりシンドイです。

道が見えていないのに、目的地が遠く限られているのですから、砂漠を一人歩き続けるのと一緒です。

ヘラルドによるターニングポイント

ここからが本編。

人生を変える出会い、だとは思っていなかった人が、きっかけをくれる事があると知りました。

高校時代の友人でした。

長らく連絡も疎らだったのに、友人の働く会社の社長の新規事業の手伝いをしないかと言う誘いを受けました。

その話を受けて、私は逃げる以外の理由で転職しました。

メンターとの出会い

転職すると、そこは想像を超えて面白い環境でした。

いわゆるワンマン経営のIT企業で、私の業務は調査員の様な感じでした。

社長の下に直接ついている為、他の社員は私の扱いに困っている感じでした。

アルバイトだけど、部署は無く、ワンマン社長の下で自由に動けるから何をしているのかも良く分からない。

同じ部署には4人ほど先輩に当たる人がいましたが、上司と言うよりは全員が社長のそれぞれ部下で、不思議とアットホームな空気で、そんな職場は初めてだったので、私はどう立ち回れば良いのか、数カ月ぐらい分かりませんでした。

最初の半年は、ひたすら調べものをしたり、必要な知識を勉強する時間に充てる事になりました。

恥ずかしい話ですが、この時、たぶん初めて私は「必要」な事に対して「勉強」をしていたんです。

それまでの人生での勉強は、出される問題やテストを解く為に公式を覚えたり、暗記をする勉強でした。

ですが、その時は、仕事で必要な知識を身に着け、技術を習得して、実際に使う為に勉強し、勉強した物は仕事の場で即実践、失敗しても出来なければ仕事にならないので、出来るまで、理解するまで、腑に落ちるまで勉強します。

今まで勉強だと思わされてきた事は、正しい勉強では無かったと知った時には、目からうろこが落ちました。

本を読むのは意味がある

私は、それまで漫画やライトノベルは読みますが、自己啓発本は気持ちを奮い立たせるぐらいの意味しかなく、本を読んでも楽しいが意味がないと思っていました。

本は娯楽で、読んだところで人生は変わらない。

本は、気休めで、成功者の自慢話しか載っていない。

成功の秘訣には再現性が無く、自己啓発本は金持ちの情弱ビジネスの一貫だと、割と真面目に考えていました。

ですが、新しい職場で色々な人と出会い、その認識は間違いだと知りました。

  • 「誰が言ったかよりも、何を言ったかが重要」

と教えられ、人を信じるのではなく、正しい事を言う人を信じる事が大事である事と、誰を気にしなければ誰からでも気付きを受け取れる事を知りました。

この思考は、学ばずにそれまでの人生を生きて来た自分が、大急ぎで学ぶためには、無ければならない教えでした。

  • 「本は、必ず一つの事を説明している説明書で、現実世界の攻略本」

と言われ、私は全ての本に対して、見方が変わりました。

攻略本として見ると、全ての本がテーマに沿った現実世界の攻略本に見え、実際にその通りでした。

この思考によって、全ての本が現実世界の攻略本になった事で、私は狂ったように本を読む様になりました。

0を1へ

ゲーム脳を長年拗らせていた私にとって、この世にある全ての本が、この世界の攻略本に見える様にマインドをシフトする事が出来た事は、学びを加速させる意味で、大きな事でした。

それから、ゲームを攻略する様に現実を攻略しようと、行動する様になって行きます。

ゲームの場合、コツを掴むと必ず上達し、システムを深く理解すれば必ず攻略の糸口が見えます。

自分がゲームの主人公なら、物語の主人公なら、何をするか? 何が必要か?

そういった事を考えるようになった頃には、物語の構造を学び、漫画家では無くゲーム制作の道に足を踏み入れていました。

ですが、現実は厳しい。

0を1にする障壁がとにかく高く感じました。

ゲームを作る資金の捻出、人集め、企画会議、プレゼン……

0が、中々1にならない。

そんな時、その壁を超える為に必要なヒントが齎されました。

いや、実は、以前から言われ続けていた事なのですが、それが答えだと認識が出来ていなかっただけでした。

その時、0を1にするのに必要だったのが……

  • 「客観性と主観性を大事に」

それまでの私は、客観的に見て好かれる物が必要と考えたり、主観的に好きな物を詰め込んだりを、行ったり来たりしていました。

最終的に、自分の意見を殺して、周囲が良いと言った物を形にしてでも0を1にしようと必死でした。

ですが、それでは上手く行きませんでした。

結局、一番やりたかったゲーム企画は頓挫してしまい、完成させたゲームも良い出来とは言えませんでした。

ですが、後にその時の失敗が理解出来ました。

私は、客観性か主観性、どちらかを優先してプロジェクトを進めようとしていました。

客観性と主観性では、真逆の概念であって、両立出来ないと思っていたからです。

ですが正解は、客観性と主観性の両方を、両立させる事でした。

独りよがりではダメだし媚びを売ってもダメで、両立させる事が出来ていなかったのでした。

今でこそ、反対概念の両立は、黄金の法則としてあらゆる場面で使っていますが、当時勉強中の自分には、そんな視点はありませんでした。

現実世界の攻略を楽しむ

本は、現実世界の攻略本。

誰を気にぜず何を気にすれば、全員が教師になる。

数人のメンターによって、あらゆる存在を教師に変えて貰った私は、現実世界の攻略をマイペースながら始めました。

ブログを育て、アドバイスを提供し、書評や小説を書き、コンサルタントとして企業案件を支え、創作レッスンでストーリーテリングを教え……

どれも最初の一件は、思わぬタイミングでやってきました。

ブログを育ててから仕事が来るにしても、もっと育ってからと思っていました。

ですが、最初の一件は、想像していたタイミングとは関係無しに来ます。

人生は、攻略を心がければ、結構早く変化します。

私は、このブログを3年半ほど運営していますが、実質はサボっている時期がある為1年と少しと言った感じです。

収益化に程遠いブログですが、企業案件や個人の依頼によって元は取れています。

つまり、私よりもゲームが、現実世界の攻略が上手い人なら、もっと短い期間で、もっと上手くできる筈なのです。

それは、ここまで読んでくれた人なら、私の未成年期のグダグダっぷりから、決して優秀でなくとも出来る事だと言う事が分かると思います。

ダメなマインドを変えて、現実を攻略する気で、挑戦、行動、継続が出来れば、結構攻略本通りに攻略出来てしまう事もあるわけです。

この記事が、誰かの人生を変えるきっかけになれば幸いです。

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