日常の時の役割について
ここでは、パラダイムのパート毎に深く役割を語っていく。
今回は「日常の時」いわゆる「セットアップ」について。

セットアップとは?
言い方は、何でもいい。
- セットアップ
- 本編開始時点
- 日常の世界
- 依存した世界
- 代償を払っている状態
- 不足した認識
- 起承転結の起
- 序破急の序
- 三幕構成の一幕目
と、様々な表現が出来る。
図、ブレイク・スナイダーの脚本パラダイム「ビートシート」では、セットアップのパートだ。
しかし、ここでも呼び方は、やはり重要ではない。
オープニングイメージと同じく、各呼び方で意味合いが微妙に変わる所もあるが、大事なのは物語に置いて「構造的に見て、どの様な役割や機能があるパートなのか」と言う事だ。
一般的な認識では「主人公と周囲の世界」を予め説明するパートだろう。
このセットアップと言う物だが、必須項目はオープニングイメージ以上に多く、実は、少し面倒だ。
たかが「日常シーン」と思うかもしれないが、「セットアップ」とは、言わば「物語に登場する人物や世界の自己紹介」だ。
「自己紹介」が下手だと、相手に正しく認識して貰えない。
「自己紹介」は、雑でも、長すぎても、良い印象を与えない。
セットアップの役割
セットアップは、自己紹介に近い。
そういう意味では、オープニングイメージの先入観を人に与えるのと近い部分がある。
決定的に違う事は、先入観ではなく「実体のある情報を積み重ねる必要がある」点だろう。
先入観とは、相手が勝手に思ってしまう物だ。
例えば、
あなたが自己紹介をする前の段階、見た目や噂で判断されるのは、先入観による物だ。
怖そう、優しそう、面白そう、軽そう、なんて印象が先入観で形成される。
しかし、あなたが相手に自己紹介を始めれば、相手は勝手にあんたを想像する割合が減ってくる。
予想通り怖い、思ったより明るい、なんて感じで認識されるのだ。
すると、相手は「こういう人と思い込んでいたけど、実際はこういう人なんだね」と先入観を軌道修正して、より正確な認識をしようとする。
セットアップとは、物語に対して読者や視聴者が自己紹介を受けて「先入観だけだった認識を、より実態に合った正確な物に軌道修正する」為の場なのである。
セットアップでやらなければならない事
あなたは、普段どの様な「自己紹介」を他人にしているだろうか?
物語のセットアップで、「悪くない自己紹介」をする為に、提示しなければならない情報は、かなり多い。
だからこそ、良いセットアップを構築するのは、ストーリーテリングの中でも、難易度が比較的高いパートとされる。
単純に、要素が多い。
だが、長すぎると飽きられてしまう。
大事なのは必要最適なバランスだ。
主人公の提示
- 名前
- 身分・職業
- 特技・過去の栄光
- 嫌い・苦手
- 欠点(克服が必要な物)
と、誰を軸に物語を追体験すれば良いのかの提示は、かなり重要だ。
物語を追っていく上で、主人公がどんな人物か、ある程度の提示をしなければ感情移入する事が難しくなる。
ただし提示すると言っても、最初に「私の名前は○○、ごく普通の高校生で、臆病で虫が苦手、ゲームが得意」なんて羅列すれば良いと言う物では無い。
セットアップを通して、順序良く、テンポよく、シーンの中で自然と描写、提示する必要がある。
- 「よう○○」
- 「○○さん、おはようございます」
なんて、他の人に呼ばれるのは、分かりやすい上に手軽な紹介方法だ。
セットアップで学校に通っていれば学生だと示しやすいし、事件の捜査現場にいれば刑事か探偵と提示しやすくなる。
特技や嫌いな物の提示も、さり気無く出来るだろう。
ゲーム画面のレベルがカウンターストップでもしていれば、ゲームが得意な事は分かるし、部屋に賞状やトロフィーでも飾ってあったり、何かの大会を目指すなんて事でも可能だ。
嫌いな物も、主人公が人や物を避ければ、それで表現出来てしまう。
欠点は、主人公の選択によって「誰かが損をする」事が描写出来れば良いのだが、これが苦手な人が結構いる。
主人公を嫌な奴にするのは、気が引けると思うのも、まあ分かる。
しかし、欠点の無い主人公ほど面白味の無いキャラクターは無い。
もし、主人公を魅力的にしたいのであれば、欠点は必須要素だと強く念押ししておく。
また、欠点を欠点だと認識しないで描写する場合、後が大変だ。
作者が悪意無く無意識に、主人公の欠点で周囲を傷つけ続けるのは、見ていて苦痛に感じる人が、かなりの確率で出てくる。
意識してやる分には構わないが、無意識では、時に作者自身が疲弊する事になる。
例えば、恋愛物で鈍感な主人公が思いを寄せてくるヒロインをスルーするのは、欠点描写であって、それが最後まで続いては、読者はたまった物では無い。
形式美や予定調和では無く、鈍感から脱して、主人公は好意に気付くべきなのだ。
漫画「からかい上手の高木さん」の主人公が、最後に高木さんとくっつかなかったら後味が悪いのを想像して欲しい。
「からかい上手の高木さん」の場合は、欠点の認識があり、最後の欠点の克服が約束されているからこそ、楽しめる。
個人的には、結構好きなのだが「上野さんは不器用」の場合は、その点で「めちゃめちゃ不安」な作品だ。
まあ、他の作品でも良いが、想像してみて欲しい。
欠点は、どんなに面白かったり、ギャグに昇華されていたり、形式美、様式美であっても、欠点として認識する必要があり、欠点の克服があってのハッピーエンドなのだ。
良い日常? 悪い日常?
突然、何の話だ?
と、思った人も多いだろう。
セットアップで描写される日常には、二種類ある。
それが、良い日常と悪い日常だ。
この二種類あるのだが、実は、どちらも問題を抱えている。
それは、
良い日常を描写する場合は、主人公はある意味で自分の夢を諦めている。
悪い日常を描写する場合は、主人公は夢を追っているが近づいていない。
と言う、それぞれで、主人公が満たされていない日常だからである。
は?
と思った人もいるかもしれないが、基本的に物語は「主人公や世界が変化する」物語として描かれる。
それが、基本で大原則だ。
と言う事は、物語の展開として良くなるのであれば、元は問題を抱えている必要がある訳だ。
もちろん、物語の展開として悪くなるのであっても、問題を抱えている必要がある。
つまり、物語の世界や登場人物を描写する以上は、変化しない完璧な物を置いたら、その時点で終わりなのだ。
だから、良い日常でも、悪い日常でも、問題を抱えている必要がある。
主人公は、常に冒頭の日常では、不満のある環境に身を置いているのだ。
例えば、映画「ロードオブザリング」では、フロドは幸せな日常を生きている。
だが、その裏で、世界はサウロンと言うネクロマンサーに狙われ、問題を抱えている。
同時に、フロドは、平和な世界で生きる故の、冒険に出ると言う夢を諦めた生活を送っているとも言える。
映画「シンデレラ」では、シンデレラは不幸な日常を送っている。
だが、シンデレラは絶望的な状況に置かれ、持っている夢に近づく事は無いけれども、夢を手放したりは決してしない。
タイムリミットと必要な物・事
セットアップの時点で、物語の中の時計は動いていてタイムリミットが暗に提示される。
そして、タイムリミットまでに必要な物も提示される。
例えば、主人公や大事な人の病気が判明したり、借金の返済期限が迫ったり、そういった類の事だ。
敵が迫ってきているのも、スタンダードなタイムリミットと言える。
映画「スターウォーズ」では、帝国軍の魔の手が迫ってくる。
映画「シンデレラ」では、舞踏会の開催と言うチャンスが迫ってくる。
良い日常では危険の、悪い日常ではチャンスのタイムリミットが、主人公が気付かないタイミングから、刻一刻と迫る。
当然、タイムリミットの原因が分かれば、対処法にも考えが及ぶ。
そこで、必要な物・事だ。
映画「ロードオブザリング」では、呪われた指輪を壊す必要があると魔法使いガンダルフが教えてくれる。
映画「スターウォーズ」では、R2-D2の中にある設計図を反乱軍に届ける必要があるとレイア姫のメッセージで分かる。
映画「シンデレラ」では、ドレスがあれば自分も舞踏会に出れるのではと、必要な物が見えてくる。
海外ドラマ「ブレイキングバッド」では、主人公の癌告知と言うタイムリミットに対して、家族に金を残したいと言う必要な物が浮かび上がってくる。
日常の問題と必要な物に「噛み合う特技」
主人公には特技がある。
直接的でも、間接的でも、主人公には問題を解決するのに役立つ特技が備わっている。
それが、歯車が噛み合う様に、シックリ来て、物語を一気に動かす原動力の一つとなる。
海外ドラマ「ブレイキングバッド」では、持っていた化学技術を、後に覚醒剤製造に転用する事を思いつき、一攫千金の手段として役立つ。
多くのなろう系作品では、チート能力がこれに該当する。
アニメ「Reゼロから始める異世界生活」では、死に戻りと言うタイムリープ能力を手に入れ、後に悲劇回避や敵攻略の手段として主人公は活用していく。
主人公の特技や能力と言った物は、問題解決に何らかの形で噛み合う必要がある。
これが噛み合っていないと、お飾りの特技として使われなくなってしまう。
ストーリーテリングの際は、能力と事件、どちらを先に思い浮かべるにしても、必ず「噛み合う」様に気を付ける必要がある。
主人公の周囲の環境
主人公の置かれた状況は、環境によって決まる。
ここで、家、学校、職場、町、国みたいな「くくり」だけで環境を考えると、一気に中身が無くなる。
必要なのは「人間関係」と言う中身であって、外身では無い。
相関図、キャラクターウェブと言った「個々の繋がり」と言う具体的な物を描写する事で、初めて環境構築が具体化する。
もし、一人の他人とも、一切の接触が無いセットアップならば、砂漠でも箱の中でも似た様な状況になってしまう。
別に、必ず「家族・友人・好きな人・他人・敵」を出せ、なんて決まり事は無い。
だが、主人公を浮き立たせる為に、主人公以外の登場人物との関わりの描写は、あった方が良い。
他人が主人公に取った態度によって、主人公の立場が明確になるからだ。
その上で、そこが「いつ、どこ」なのかと言う情報も、自然に描写出来れば、読者は、その世界を主人公の立場で知る事が出来る。
もちろん「西暦〇〇年、人類は~、それから30年の時が経ち……」なんて描写がプロローグにでもあれば、それで事足りる事もあるが、無いなら提示した方が親切なのは間違いない。
テーマの提示
セットアップの時点で、テーマを提示しなければならない。
上にある図の中に、セットアップとは別に書かれているが、セットアップの一部なので合わせて説明する。
一応言っておくが、別に書かれる程度に「重要なポイント」である事は、認識して欲しい。
プロローグで印象を付けたのなら、それをより具体的にする必要がある。
モチーフテーマもストーリーテーマも、セットアップが終わる前に読者に理解して貰わなければ、付いて来てもらえない。
理解すると言っても、何もかもを理解して貰う必要は無い。
だが、例えなんとなくであっても、誰もが同じ印象を持つ程度には、理解をしてもらう必要はある。
理想を言えば、この時点で明確にテーマを提示したい。
映画「スターウォーズ」なら、セットアップの時点でルークが帝国軍と戦い、活躍して悪を倒す物語であると理解して貰う必要がある。
光と影の勢力の争いの物語であり、復讐の物語であり、家族の物語である事が、なんとなく伝われば良い。
漫画「ダンジョン飯」なら、セットアップ時点で、はぐれた仲間を救助する物語と理解して貰う必要がある。
その上で、仲間との絆を描く物語であり、仲間の為に様々な道を踏み外しながらも前進する物語であり、グルメを通した学びの物語でもある事が、なんとなく伝われば良い。
これは、当たり前で簡単な事ではあるが、テーマが定まっていないと出来ない事でもある。
モチーフテーマは、多くの場合、定める事が容易い。
だが、ストーリーテーマとなると、容易いと感じない人は、かなり多くなる。
主人公が一貫した問題解決行動を取る際に、提示されるテーマとの絡みが、掴み取れない。
すると、セットアップの時点での、テーマの提示までは、なんとなくで出来る。
だが、セットアップ以降の主人公の行動に一貫性が無くなった時に、読者に対して「あれ? 何の話だっけ?」と言う違和感を与える事になる。
つまり、テーマの提示までは、無意識でも、結構出来てしまう。
だが、それを後々の話にも、意識して適応出来ない人は、散らかった物語を作ってしまう事になると言う事だ。
創作者自身が、物語を通して「何を伝えたいか」が明確でないと、きっと難しく感じる事だろう。
テーマを明確に出来ていれば、テーマの提示は理想的な形で出来るし、以降もテーマがブレる事がないのでクオリティに大きな差が生まれる。
ちなみに、だ。
取ってつけたようで悪いが、このサイトでは何度も書いている事だが、テーマは主人公の行動によって表現し、提示しよう。
セットアップのタイミング
セットアップは、物語の基本となる土台部分だ。
プロローグで起きた事が日常になった世界の描写であり、必ず問題を抱えている。
必須要素が全て出揃っているのならば、セットアップからの構築はプロローグなんかよりも簡単で、理にもかなっている。
しかし、必須要素が欠けているのであれば、後回しにしても良いパートでもある。
終わりに
セットアップを考えてみて、どうだったろうか?
この記事で、あなたのセットアップ観が何かプラスに変化したのであれば、嬉しい限りである。
「主人公の提示」「良い日常、悪い日常」「タイムリミット、必要な物、特技」「テーマの提示」等々と、今回は要素が多かった。
だが、足りない要素を満たす事が出来れば、これまで適当に書いていた時よりはワンランク上のセットアップを構築出来る筈だ。
次回は、「きっかけ」について解説したい。