ストーリーパラダイム解説「危機の時」とは?

危機の時の役割について

ここでは、パラダイムのパート毎に深く役割を語っていく。

今回は「危機の時」について。

危機の時とは?

言い方は、何でもいい。

  • 起承転結の転
  • 迫りくる悪い奴ら
  • 最も危険な場所への接近
  • 大きな変化
  • ピンチポイント2
  • 第二の試練の時
  • 輝きの発覚
  • 危機の時

と、様々な表現が出来る。

図、ブレイク・スナイダーの脚本パラダイム「ビートシート」では、迫りくる悪い奴らのパートだ。

まあ、ここでも呼び方は、やはり重要ではない。

あなたがイメージしやすいシックリ来る表現を、個人単位でなら使えばいい。

パラダイムの他のパートと同じく、各呼び方で意味合いが微妙に変わる所もあるが、大事なのは物語に置いて「構造的に見て、どの様な役割や機能があるパートなのか」と言う事だ。

一般的な認識では「主人公に危険が迫るシーン」を描くパートだ。

この「危機の時」と言うパートだが、試練の時を乗り越えてミッドポイントに至った主人公の認識の外側で、多くの場合シーンが展開する。

認識外から敵対者やトラブルが動き始める事で、主人公にもう一度突然のトラブルをお見舞いしてやるのだ。

危機の時の役割

試練の時によって様々な準備が整った。

ミッドポイントに至った事で、主人公は前までの未熟な主人公とは違った存在になっている筈だ。

だが、成長こそするが、主人公は抱えている解決すべき問題を、まだ解決するまでには至っていない。

しかし、主人公の存在は、前よりは強く頼もしい物となっている。

それは、敵対者にとってしてみれば、小さくとも邪魔か、あるいは危険な存在だろう。

すると、どうしたって目についてしまう。

悪者の目につけば、どうなる?

何をされる?

主人公が大きな力を持つ前に、倒してしまいたいと考える筈だ。

危機の時とは、主人公の解決すべき問題の前に立ちはだかる邪魔者が、主人公に対して不意打ちの先制攻撃を仕掛けてくるパートなのだ。

危機の時に必要な物

試練の時に、主人公は拠点、仲間、道具を手に入れた

危機の時が来ると、それらが失われる。

敵が不意打ちによって安全だった拠点を襲ってきたり、頼りになる仲間を攻撃したり、重要な道具を使用不能にしてしまうと言う事が起きる。

その内のどれかは、多大な被害を受けるだろう。

だが、どれかが大損害を受けるが、その全てを失う事は決して無い。

必ず主人公には、手に入れた何かが残るのだ。

例えば、

海外ドラマ「ブレイキングバッド」では、相棒のジェシーが人質に取られた状態で、敵対する売人が拠点のキャンピングカーに乗り込んできてしまう。

だが、覚醒剤製造用の道具が主人公の気転によって残った。

映画「アイアンマン」では、基地のある自宅に敵が乗り込んできてしまい、主人公はパワードスーツの動力源であり自分の心臓を保護しているアークリアクターを奪われる事で命の危機に陥り、道具も失う。

だが、それ以外は危機的状況に置かれながらも、なんとか無傷で残る。

試練の時に何を手に入れるか?

それを踏まえ、手に入れた主人公にとって大事な物を、いきなり奪い去り、何を残すのか。

それが危機の時で、重要なポイントとなる。

そして、きっかけの時から見えていたタイムリミットが、一方的に一気に縮められてしまうタイミングでもある。

要するに、主人公の予定が大幅に狂う。

それによって、戦力は大幅にダウンし、一見した敗北を喫する事となる。

ただ敵が攻撃してくるだけでは、良い危機の時にならない。

主人公に不意打ちを食らわせ、試練の時で手に入れた大切な物を奪い、負け同然のボロボロ状態でタイムリミットの針をギリギリにしてこそ、充実した危機の時となるのだ。

危機の時は、別の形のきっかけの時

パラダイムに「きっかけの時」と言うパートが前にあったのを覚えているだろうか?

きっかけの時は、ヘラルドによって危険が知らされ、主人公は対応を迫られた。

危機の時は、きっかけの時の別バージョンと言ってしまって良い。

それも、全てが厄介になった極悪バージョンだ。

間接的ではなく直接的にトラブルが舞い込み、主人公は対応を迫られるからだ。

例えば、

映画「アイアンマン」のきっかけの時は、

主人公がテロリストに誘拐され、胸に傷を負わされ、武器を作る様に命令された。

一方で危機の時には、

主人公は敵に乗り込まれ、胸を保護していたアークリアクターを奪われ、アークリアクターは敵の武器へと転用された。

一見すると場所も相手もシチュエーションも違って見える。

だが、大まかに見ただけでも、そこには計算された対比構造がしっかりと存在して調和が取れている。

ストーリーテーマが一貫している物語であれば、この様な以前な対比構造になる様になっている。

それは、主人公が解決しようとしている問題と、その行動が一貫していて、敵が起こした問題と、その行動が一貫して描かれると、両陣営の衝突は毎回違うが似てしまう物だからである。

スポーツで例えるなら、何が良いだろうか?

とりあえず、サッカーを思い浮かべて欲しい。

両者がボールを相手のゴールに足を使って押し込もうと試行錯誤する姿を想像してみよう。

競技ルールに縛られた一貫した行動デザインによって、どのシーンでも似た状況になっているのがイメージ出来るだろうか?

もちろん、ただの一つとして全く同じ状況には、決してならない。

その上で、ゴール前の攻防は、いつも手に汗握る物となってハラハラするだろう。

極端な例に思えるかもしれないが、物語も同じ事なのだ。

危機の時を作るタイミング

危機の時は、クライマックスに向けて物語が一度大きく落ち込む入口のパートだ。

上で書いたように、きっかけの時との対比関係にある為、きっかけの時と近いタイミングで取り掛かり始めるのが自然だろう。

また、試練の時に手に入れた物のどれかに損害を与えたり、失わせるパートでもある為、試練の時とも近いタイミングで構築したい。

関連したパートを見ながら作る事が出来れば、危機の時を考えるのがかなり効率的になる筈だ。

終わりに

危機の時を考えてみて、どうだったろうか?

この記事で、あなたの「危機の時」観が何かプラスに変化したのであれば、嬉しい限りである。

次回は、「絶望の時」について解説したい。

苦手な人も多いであろう、鬱展開の多くが詰まっているパートだ。

スポンサーリンク

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください