【分析】ガールズ&パンツァーに見る成功する物語論 その3

ガルパンは良いぞ!

2012年の初回放送から長い間ファンを楽しませ続けている、アニメーション作品ガールズ&パンツァーの最終章第二話の劇場上映が、先日始った。

テレビシリーズ、コミカライズ、ノベライズ、ゲーム化、劇場版、劇場シリーズと着実に世界を広げ続けている作品だが、何が他の作品と違うのだろうか?

今回も引き続き、ガールズ&パンツァーを題材に、成功する物語の条件について考察していきたい。

ラブライブとの比較

前回までの記事で、設定構築上の優れた点を取り上げて見てきた。

今回は、少し趣向を変えようと思う。

2013年にアニメが放映された「ラブライブ!」と言う作品がある。

こちらは、アイドル活動を野球の甲子園の様な設定にシフトした、やはり美少女アニメだ。

このラブライブとガルパンだが、物語の設定が少し似ていた。

と言うのも「学校を廃校から救う為に優勝を目指す」と言う目標が、放映がまあまあ近い時期で、まあまあな被り方をしていたのだ。

両者とも勿論、どちらかの盗作では無いのは当然として、モチーフとした戦車とアイドル活動では、余りにも競技性が違うので、似せる方が難しい。

アイドル活動は部活なら吹奏楽に近く、戦車戦は部活なら剣道や薙刀等の対戦系に近い。

この二つのアニメが、思わぬ設定で被ってしまったのは「モチーフの設定を部活にスライドして競技化した」と言う類似性が関わっている事が推測できる。

スポーツ物の王道設定で作ったら、偶然被ってしまっただけの話では無いと私は考えている。

ポイントとなるのは「高校の全国大会」と言う高めの目標を「素人達がどうして目指す事になったのか」と言う、劇中動機の発端設定にある。

競技の素人と高校の大会

競技未経験の素人高校生が、どうして大会優勝しなければならないのか?

この動機設定を考える上での疑問は、一定条件下のスポーツ物語を作る上で必須の疑問となる。

ここで、実在する有名スポーツをモチーフに置くなら、主人公に特技があるでも、大会出場が夢だったでも共感する事が出来る。

実在の物を扱うなら、それだけ共感を得やすい。

実在しているがマイナーな物を扱うなら、より初歩的な導入が必要になる。

だが、ラブライブもガルパンも、どちらも架空の競技である。

架空の競技をモチーフにする場合、登場人物と一緒に視聴者も学べた方が入り込みやすくなる。

すると、登場人物の大半は、競技未経験者の方が都合が良い事になる。

だがしかし、競技未経験者が始めるには、特殊な動機が必要となる。

例えば、

架空でなく実在スポーツの上、有名作品でアレだが、

「タッチ」で甲子園を目指していた双子の兄弟を交通事故で亡くす様な、特殊な動機が無いと、自然な形で未経験者達が大会出場を本気で目指す事に、説得力や納得性が発生し辛い。

架空でも、要はそういう事が。

そこで、ラブライブとガルパンで使われた動機設定が「学校が廃校になる」であった。

ちゃんと考えられた設定「廃校阻止」

どちらのアニメでも、学校を廃校にしたくない強烈な動機を持った人物が音頭を取っている。

そして、どちらのアニメでも大会優勝と言う、素人には無謀な条件を満たす事で、学校の存続を図ろうとする。

なぜ学校自体が、危機に陥っているのか?

部活ではダメなのか?

よくある部活自体の存続や部室の維持と言う設定では、残念ながらダメだ。

条件が合わない。

部活に入っていない生徒には、動機が発生しないのだ。

入っていても門外漢のキャラクターでは、幽霊部員と言う事になり、幽霊部員に今更部活を救う動機が湧いた所で、同情し難い。

なら、もっと真面目に部活やっていればよかったのに、となってはダメなのだ。

肝となるのは、競技の門外漢に急な動機を持たせる事だ。

その為の理由として「廃校阻止」がどちらの作品でも丁度良かったのだ。

動機として、賞金や名声等を動機にする事も、少し捻れば可能だろう。

だが、高校生が部活の賞金や名声が欲しくて部活を始めると言うのは、設定的に微妙な所がある。

王道の学生スポーツ物では、欲や破滅回避と言うよりは、仲間と言うコミュニティの為に立ち上がる大儀が好ましい。

だが、部活廃止では条件が合わない。

その為、学校自体を廃校の危機にしたわけである。

競技の門外漢が、仲間の為に立ち上がり、競技での優勝を本気で目指す。

その最適解が「廃校の危機」だったのだ。

影の主役、生徒会長「角谷杏」

廃校危機が考えられた設定と言う事が分かった。

ラブライブで廃校の危機に立ち上がったのは、主人公の「穂乃花」であった。

一方、ガルパンで立ち上がったのは?

主人公の「西住ミホ」は、経験者としてスカウトされた余所者であった。

ガルパンで危機に立ち上がったのは、生徒会長の「角谷杏」だ。

干し芋を常時食べていて、どこか気だるげで傍若無人な、つかみどころのない生徒会長として、主人公の「西住ミホ」の前に、最初の脅威として現れるキャラクターである。

会長は、訳アリの黒幕として暗躍し、生徒会だけが実情を知る状態で、周囲には廃校の危機を隠しながら廃校阻止の為に行動した。

ガルパンに置いてサブキャラクターであり、主役は間違いなく西住ミホなのだが、角谷杏は物語を通して廃校阻止を成し遂げる。

主人公の西住ミホは、物語を通してトラウマを乗り越え、自分の新しい居場所を手に入れる。

角谷杏生徒会長は、物語を通して計画を成し遂げ、仲間達の居場所を守り切る。

ラブライブと同じストーリーラインを辿るなら、ガルパンの主役は行動を起こした会長だったかもしれない。

だが、ガルパンは角谷杏を主人公では無く、正義の黒幕にした。

だから見えているストーリーラインは、廃校阻止では無く「西住ミホ」がトラウマを克服する物語こそが中心に来ている。

これらの事から、ラブライブは素直な物語で、ガルパンは少し捻った物語と言う事が分かったと思う。

似た設定でも、モチーフテーマやストーリーラインが変われば、ここまで別物で、それぞれ魅力的な物語が出来る例として、ラブライブとガルパンの比較は、それなりの意味があると個人的には思っている。

終わりに

今回は、ラブライブとの比較による考察をしました。

この調子ですが、引き続き考察していきたいと思います。

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