歯の詰め物が取れた話。

気が付いたら無い!

昼飯に赤飯を食べ終わると、すぐ口内に違和感があるのに気付いた。

舌で違和感のもとを探ると、左上奥歯にあるべき歯の感触が無い。

歯が抜けたわけでは無く、詰め物が取れただけの様だ。

しかし、かなりの大穴が開いている。

そして、取れた所が水や冷風に触れると微妙にしみる!

気になる!

ってか、詰め物どこ行ったって、赤飯と一緒に飲み込んだって事か!?

最悪の気分だ!

とりあえず診察カードを持っている歯科の電話番号を調べると、本日は定休日。

仕方が無しにネットで検索すると、近場に開いている歯医者を見つけられたので、すぐに電話を掛けた。

「もしもし」

「はい~、○○歯科でございます~」

何だろう。

優しいと言うよりは、優し過ぎると言った雰囲気の男性が電話口に出た。

「昼にお赤飯を食べてたら、歯の詰め物が取れてしまって……」

「あ~わかります~大変でしたね~ご予約のお客様の後になってしまいますが~それでも良いですか~?」

「良いです! 待ちます! お願いします!」

「あ~それでは~ご予約の~お客様の~治療が~終わりそうになったら~こちらから~お電話するので~お電話番号を~」

携帯番号と名前を教えた。

「あ~~~もしかしたら~〇時に~来てくれれば~すぐに~処置を~出来るかもしれませんよ~」

「ああ、じゃあ行きます」

「かしこまりました~お待ちしておりますね~それでは~ありがとうございました~しつれいいたします~~~」

マニュアル通りに接客していないが丁寧な独特の空気が気になりつつも、良い人感だけはヒシヒシと伝わってきた。

いざ歯医者へ

言われた時間より5分ほど早く尋ねると、そこでは歯医者さん(恐らく院長)が一人で切り盛りしていた。

眼鏡をかけた痩せ型の中年で、いかにも人が良さそうなオーラが出ている。

「あ~○○様ですね~それで、詰め物は?」

待合室で唐突に聞かれ、口を開ける。

「あの~、取れてしまった詰め物の方は?」

「……多分、飲み込んじゃいました」

診察前の問診票に描き込みながら、その時、この先生が「取れた詰め物を戻すだけの簡単な処置」だと思って引き受けていた事に気付いた。

先生は「おっと~~~www」みたいな笑いを浮かべつつも「とりあえず見てみましょう」と診察室に通してくれた。

見て貰うと、処置のプランの話が始まった。

先生は、それはもう、図と写真を使って丁寧に説明をする。

まずは詰め物で、銀とプラスチックのメリットデメリットを説明された。

銀だと2回に分けた処置が必要だが、丈夫な代わりに歪みやすく、プラスチックに比べて歪みの個所から虫歯になり易い。

プラスチックだと、強度が10分の1程度となるが、白いので目立たない上に歪みにくく、1回の処置で終わる。

銀だと3000円ぐらい、プラスチックだと1000円ぐらい。

初診料が700円で、諸々合わせても数千円って所だ。

そこに消毒や再生治療をプラスすると保険適用外になれば9000円、27000円と料金が跳ね上がっていく。

そんな丁寧な説明を何10分か受けていると、飛びこみの別の客がやって来た。

エンドレス

診察台で待っている間も、私は歯に空いた大穴の気持ち悪さに我慢しながら聞き耳を立てていた。

歯医者さん一人で切り盛りしている状態で、別の客が来れば私を放置して対応するしか仕方がない。

だが、すぐに終わるかと思いきや、新たに来た客が、なかなかに曲者だった。

人恋しいのか、説明が下手なのか、ちょっとボケが入っているのかは分からない。

年配の男性だ。

男性は歯医者さんに向かって、何度も同じ良く分からない自分の説明をする。

「前の歯医者が治療途中で入院した」と言うエピソードは、良く分からない部分はあるが、同情できるし言う意味も分かる。

だが、残りがマジで何を言っているのか分からない。

人の善い歯医者さんは、無下には出来ず、だが、必死に話を切り上げようとしている。

しかし、一つ切り上げると別のもう聞いた話が飛び出し、3つぐらいの話がローテーションでエンドレスにローテーションしている。

歯に開いた大穴がとにかく気持ち悪いので、私には、もっのすごい長い時間に感じた。

実際、まあまあ長い時間だっただろう。

強引に歯医者さんが私を山車に話を切り上げようとするが、飛びこみの男性はどうにか話を続けようと食い下がる。

それでも、歯医者さんが出入り口に誘導して丁寧だが無理やりに帰す事に成功した。

すると、診察台を通り過ぎて奥の部屋へと行き、出てきた歯医者さんは鍵を持って出入口に走っていってしまった。

少しすると戻って来た。

「いやぁ~すみません。これでもう、邪魔は入りませんからね~」

歯医者さんは満面の笑みで、出入口に施錠して戻って来たのだった。

治療

「水や薬品が飛ぶかもしれないですからね~」

説明をすべて終え、プランが決まると、治療開始。

私は、目隠しをされた。

それから、身体全体をすっぽりと隠す大きめのタオルをかけられ、手足の自由が軽く奪われる。

口だけを出した状態で、まるで手術台の患者の様な状態で治療が始まった。

のだが……

治療を受けている最中、視界を奪われ、手足をタオルによって出せない状態にされ、口の中に治療機器を突っ込まれながら私が連想していたのは、なぜか「スウィーニー・トッド」であった。

出入口は施錠され、身体の自由と視界を奪われ、良く分からない飛びこみ客にイラっとする笑顔の先生が治療を始める際、自分も電話予約こそしているが時間外の飛びこみ客なのだ。

それも恐らく、詰め物を戻すだけの簡単な処置だと思ったら、赤飯と一緒に銀歯を飲み込んでいると言う想定外のパターンなのだ。

面倒な患者だと思われているに違いない。

終わりに

幸い、口内をドリルでズタズタにされる事も無く、治療自体は1時間半程度で終わった。

治療自体はテキパキと進み、合間にしてくれる説明も丁寧で、かなり良かった。

後で知ったのだが、ネットのレビューを抜きにしても界隈では腕が良いと評判の歯医者さんらしい。

その歯医者さんが帰り際、私に繰り返す様に

「次回は営業時間内に予約してくださいね~絶対ですよ~」

と、どこか申し訳なさそうに、しかし何度も釘を刺してきた。

よっぽど、時間外の対応でゲンナリしたのだろう。

いや、私も好き好んで時間外に予約した訳では無い。

だが、歯の詰め物だけでなく虫歯等の口内トラブルに関しては、肉体的にも精神的にもダメージが大きいので今後は気を付けようと真面目に思った。

と言うか、歯の詰め物が取れたぐらいで何を大げさなと思うかもしれないが、取れているのに気付いた瞬間の感覚は、夢の中で歯が抜けるあの感覚まんまであった。

実際に歯が抜けたりしたら、どれほど大きな喪失感と「やっちまった」を感じるのか考えると、あまりリアルな想像はしたくないのが正直なところだ。

まあ、前向きに考えれば、近所に評判の良い歯医者がある事に気付けた。

そういう意味では、そこまで悪い日では無かった気もする。

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