作品はお約束で上手く回る
お約束、いわゆる「パターン」だが、これは作品が長編になればなるほど重要な物となってくる。
と言うのも、同一のパターンを一つの作品一回も使わずに長編作品を作る事は、とんでもなく難易度が高い上に、実験的手法だからである。
普通は、同一のパターンを必ず何度も使う物なのだ。
作品の中に独自のお約束が確立出来れば、その作品は延々付続ける事が出来る。
今回は、そんな「お約束」の重要性について説明する。
お約束とは
お約束とは「表現と構造が一致して具体化した物と、そのバリエーション」である。
例えば、表現と構造の一致の好例は、
漫画「ドラえもん」がある。
一話独立の完結作品を基本とした、連載形式の物語だ。
ドラえもんのお約束は、
- のび太がジャイアンにいじめられる
- のび太がドラえもんに報復の道具を求める
- ドラえもんが何だかんだ言いながらも道具を提供する
- のび太が道具を試す
- のび太が実際にジャイアンに報復する
- のび太が手にした道具で調子に乗る
- のび太が力に溺れて失敗する
- ドラえもんが自滅するのび太を見て呆れる
何割かの話が、大体こんなお約束に沿って展開される。
これがお約束の基本だ。
作品独自の具体的な構造と表現があり、それが毎度一致している事が分かる。
ドラえもんの場合は、
- のび太がいじめられる原因のバリエーション
- のび太に提供される道具のバリエーション
- 道具による報復のバリエーション
- 道具を間違った使い方をした際の自爆のバリエーション
と、シチュエーション、解決方法にバリエーションがある事で、お約束に沿っていながら毎回全く違う物語を展開する事が出来ている。
一つ例を見ると、他にもお約束を思い出す作品が出てくると思う。
様々なお約束例
アニメ「サザエさん」は、お約束の塊と言って良い作品だ。
カツオが「バッカモーン」と波平に怒られるオチは見た事があるならすぐに思い出すだろう。
漫画「こちら葛飾区亀有公園前派出所」も、お約束が見て取れる。
両さんが新しい事に興味を持ち、こだわり極め、調子に乗ってしまい大原部長に怒られる所までがセットだ。
ドラえもん、サザエさん、こち亀にある共通点は、最後の調子に乗って罰を受けるオチだが、これらは古い作品だけに限らない。
漫画「侵略イカ娘」や、小説「幼女戦記」も、同じお約束物だ。
他の系統のお約束では、
戦隊物の
- 怪人が現れる
- ヒーローが現れ怪人を倒す
- 怪人が巨大化
- ヒーローが巨大ロボで応戦し倒す
と言うお約束もあり、このお約束の中に「変身中は攻撃されない」「決戦は人気が無い場所(工場か採掘場)」「仲間の武器が合体してバズーカになる」「ヒーローのモチーフになったロボットが合体して巨大ロボットになる」等がある。
戦隊ものと言うシリーズを通せば「赤がリーダー」「新隊員が増える」「敵の同系統ヒーローが現れる」「戦いの末、敵ヒーローは味方になり、ロボットが合体する」といくつものお約束がある。
怪獣物では「自衛隊が出動するが返り討ちに合う」「人類側が秘密兵器を作っている」「怪獣が巨大な建物を破壊する」「怪獣に人類が反撃する」等のお約束がある。
他にも、ジャンルやカテゴリー毎に、お約束は大量に存在しているのが分かる筈だ。
なろう系に見るお約束の利点と問題点
お約束で忘れてはいけないのが、「なろう系」と呼ばれる無料小説投稿サイトで公開されている作品群の存在だ。
なろう系の面白い所は「極端なお約束」に支配されている点にある。
日本の冴えない一般人が西洋風ファンタジー世界に転移・転生する所から物語が始まり、異世界に行くと以前は持っていなかった新たな力を何らかの理由で手に入れ、活躍を見せる様になる。
これが、大前提にある物が多い。
全体の流れにも、流れを作る一部分にもお約束があるが、面白いのはバリエーションにまでお約束がある所だ。
例えば、
「チート」と呼ばれる新たな力は、無数のバリエーションがあるようで、実際は大半が「なろう系お約束のバリエーション」で構成されている。
その世界で上位の力を手に入れる「土台」を苦労せずに手に入れ、自分の意志で行使出来る様に主人公がなる。
主人公は、苦労無く手に入れた力によって世界で重要な人物になるが、精神的な成長をする事は稀で、殆んど無いと言って良い。
主人公は元の自分のまま力によって世界に認められ、様々な物を手に入れて満たされていく。
このお約束を見て、何かに似てると感じないだろうか?
実は、このお約束は「ドラえもん」と共通点が多い。
復讐系なら、まんまジャイアンにいじめられる話だ。
チートとは、言ってしまえば秘密道具のバリエーションだ。
言うなれば、このパターンのなろう系は、オチが遠いドラえもんである。
他に、ドラえもんの「もしもボックス」や映画版や特殊話の「クラフト系の話」をずっと見ていたいと感じた事は無いだろうか?
「もしもボックス」で、もしも○○だったらを、突き詰めた物語を見たいと思った事は?
「日本誕生」で洞窟を掘り、畑を作り、キメラを作る話にワクワクした事は?
「鉄人兵団」で鏡の世界で好き勝手する展開に甘美な背徳感を感じた事は?
これをファンタジー世界で、制限無く描くのが「なろう系」の1グループのお約束と言って良い。
ただし、ドラえもんの場合は、秘密道具で調子に乗れば、のび太は最後には報いを受ける。
しかし、なろう系の場合は、チートで調子の乗っても、大半の主人公は報いを受けない。
ここで、主人公のキャラクターや行動によっては、報いを受けるべきと読者に思われる場合に、なろう系は「お約束のワンセット」を満たさず「都合の良いパートのみをリピート」する事になる。
これを、どう受け取るかによって、なろう系の評価は真っ二つに分かれる。
つまり、なろう系は極端なお約束に支配されているから、お約束を理解出来る人には入りやすく、面白い。
その面白さは、ある意味で、どの話から見ても面白い「ドラえもん」や「こち亀」に近い。
お約束を知っているから、流れが読めて面白いのだ。
だから、お約束から逸脱したなろう系は「ドラえもん」を見たい読者からすれば、突然提供された純文学小説ぐらいのギャップがある事になる。
良い事ばかりで始まるが、それだけでは無い。
その先で、なろう系が面白くないと感じる人が増え始めるのは「ドラえもん」系の物語で定義された「根源的なお約束」に従っていない為なのだ。
ドラえもんなら、間違ったことをすれば報いを受ける。
作品世界に、因果応報が機能しているのだ。
だが、なろう系の一部の作品の場合は、主人公が絶対者となり、因果応報を越えて気に食わない相手を一方的に倒し、気に入った相手に好かれると言う、極端な正のスパイラルが延々と置き続ける。
主人公が美味しい思いを続ければ面白いと思うクリエイターも稀にいるが、面白い事に必要なのは読者の感情の上下が必須であり、正のスパイラルが楽しいのは体験している本人とおこぼれを貰っている当人達だけであり、読者は登っている筈なのに平坦な物語の成り行きを眺めるだけで、面白く感じなくなっていく。
結局の所、大半の人が本当に見たいのは、今回なら「ドラえもん」に代表される、人が本質的に気持ちが良い「根源的なお約束」に従った、感情を上下させてくれるパラダイム通りの物語と言うわけである。
なろう系でも幅広い層から高評価を得ている作品は、主人公に極端な正のスパイラルが起きない様に、感情の上下を起こす事を心がけて作られている。
正のスパイラルにならない様に、負のイベントを適度に起こしてメリハリをつけているので、もし参考に作品を見る事があれば意識してみよう。
そして、なろう系の作品を上手に書けないと言うクリエイターは、好きななろう系を見るのも良いが、ドラえもんのコミックを数冊読んで、好きなお約束の流れを掴む練習をしてみよう。
お約束とバリエーションの組み合わせ
どんな作品にもお約束が存在する。
好きな作品のお約束を真似るのが創作の基本でもある。
推理物を書きたいなら、推理物のお約束を真似てバリエーションからオリジナルに発展させるのが良い。
その場合のバリエーションは「場所、被害者の狙われた理由、犯人の動機、トリック」等々を変えていけば別物になる。
どの抽象度でお約束を使うかによって、参考にした同系統作品との差に違いが出てくる。
ドラえもんの様な物語を書きたいと思った時「日本、ロボット、秘密道具」をそのままにしたら、かなり似た作品になる。
しかし、ロボットを宇宙人や美少女に変えたら?
「ドラえもん」から「ToLOVEる」になると、受ける印象は大分違う。
日本を異世界に、ロボットを神にして、秘密道具をチートにすれば、立派な「なろう系」の出来上がりだ。
後は、ジャイアンにいじめられる系の話をベースにするか、映画版をベースにするか、と言った物語の目的のバリエーションの話になる。
勿論、物語の構造であればドラえもんに採用された事の無い物語形式と掛け合わせて全く新しい物語にも出来る。
独自のお約束
自分の物語独自のお約束の流れを作れれば、それ以上に心強い事は無い。
刑事物なら、
- 事件発生
- 捜査
- 犯人との対決
- 事件の衝撃の事実
と言うお決まりのお約束があるが、分かっていてもバリエーションが楽しみで見てしまう。
そういうバリエーションを作れる型を、自分で作るのだ。
刑事を探偵に変えてもバリエーションに繋がるし、弁護士や医者に変えてもバリエーションに繋がる。
何を使って表現するかで、いくらでもバリエーションは増えて行く。
独自のお約束とは、決まった構造と新しい表現の掛け算で作り出せる物なのだ。
お約束の構造、それに合わせた表現を探し、自分だけの武器にしよう。