物語における罪の清算の仕方

どうやって清算する?

物語は、大きく分けて2種類ある。

「未来への投資」をする物語。

過去と向き合う「罪の清算」の物語。

この2種類だ。

物語の「投資」と「清算」とは、つまり

「未来」の為に何かに「賭ける」か、

「昔」借りを作ってしまった存在へ「返済」をするか、

と言う、主人公の「行動」によって紡がれる。

  • 「未来への投資」は、主人公にとって望ましい目的や目標に向けて計画を進める事で話が進む。
  • 「罪の清算」は、主人公が忘れたい出来事が過去から追って来ていて主人公を捕らえ選択を迫る。

ここまでが基本であり、前置きだ。

今回の本題「罪の清算」とは、言うなれば「失敗の責任」を取ると言う話になる。

「責任」を果たせば「功績」を得られる

責任を果たすと、必ず果たした責任の分だけ功績が付いてくる。

功績とは、報酬も含まれる。

つまり、プラスの報いを受けると言う事だ。

これは、責任を果たさねければマイナスの報いを受けると言う事も意味する。

だが、過去の清算と言う行動は、責任を果たす事なのだが、プラスの報いはプラスに転じさせるのが、非常に大変だ。

プラスの報いを受けられるのは未来への投資についての話であり、失敗の責任は功績と言うプラスの恩恵は、借りを返して「ようやくゼロポイント」に戻す事にしかならない。

要するに、始めがマイナススタートだからだ。

苦労して借金を返しても、金持ちにならないのと一緒だ。

だが、返さなければマイナスの報いを受ける。

そんな前提の上、物語の中で「罪の清算」をするには、あるいはさせるには、どうすれば良いのかを説明する。

そもそも清算が可能か否か

罪の清算で重要になるのは、そもそも清算が可能か不可能かと言う所だ。

つまり、責任の取りようがあるか否かである。

借りた物を返さないと言う罪であれば、利子を付けて返せれば清算出来る。

だが、誰かの大事な物を奪ったり、壊したり、あるいは殺してしまった過去がある場合、その罪の清算は可能なのだろうかと言う問題がある。

利子を付けても、元の借りた物が存在しないパターンだ。

現実の罪の清算方法

現実では、民事刑事問わず罪を犯した場合、法律に照らし合わせて罪の重さをはかり、罰金や禁錮と言った判決が公平な裁判で言い渡される事になるのが基本だ。

これは、罪の重さを「金」や「行動の制限」に置き換えて償わせようと言う事である。

つまり、現実の尺度では、罪の重さを置き換える事で「清算は可能」と言う判断を、一応はしていると言える。

だが、多くの場合、その清算に対して納得がいかない人が必ず生まれる。

被害者の存在である。

罪とは、被害者が存在して成り立つ物だ。

当の被害者は、加害者が罪を償おうとしても、場合によっては大事な存在を永遠に奪われ、マイナスしか残らないと言う事に陥る。

現実では、法律に則った裁きによって、罪人は罪を償ったと納得するしかない。

だが、法律が課せられる罪の重さを清算可能な状態への置き換えは、あくまでもルールに沿った物で、感情を考慮するのは、一部の重大事件に限られる。

そもそも論として、法律に則った人が人を裁くと言う行為は、感情を切り離す必要がある。

そうしなければ、加害者は過剰な罰を必ず受ける事になるからだ。

ルールとは、加害者にも被害者にも公平に働くからこそ、ルールなのである。

第三者による問題への介入には、感情よりも論理が優先される為、この一定の定量性に対しては、仕方がない所がある。

だが、被害者は、押し付けられた法律と言うルールで納得する人ばかりでは無いのも、また事実である。

ましてや、加害者が罪を償っていないのであれば、最初にルール違反をしたのは加害者であって、被害者には一定の正当性が生まれる。

この基本原理から「復讐劇」が始まる事になる。

罪は、金銭や行動の制限に罪の重さを置き換える事で、法律的には清算が可能だった。

だが、その法律が納得のいかない判決を下したり、法を罪がすり抜けたり、逃げおおせた場合、その状態で罪の清算は可能だろうか?

つまり、罪を金や行動の制限に置き換えて、それでも尚、復讐者を納得させる事が出来るか否かと言う話である。

もったいぶってしまったが、万人が納得出来る清算は、法律の枠では不可能である。

罪の重さにもよるが、行動制限が「無期懲役」や「懲役350年」や「死刑」が存在する様に、要は一人の人間にルールに沿って払わす事が出来る罪の重さには、限度がある。

つまり、払いきれない罪の清算の為に「人生自体を自己破産」させるのが法律の限界なのだ。

だが、加害者の総資産量とでも言うべき、罪への清算能力が高ければ、可能となる場合がある。

例えば、人は長くても125年程度しか生きられないと言われているが、寿命が350年になれば行動制限によって罪は法律の枠の中で償いきれる。

人が不死身であれば、恩赦特赦司法取引無しの無期懲役刑は、永遠の行動制限となる。

しかし、それはSFやファンタジーであれば可能だが、現実では難しい。

そこで一部の国に存在する、あるいは存在したのが「投石」や「鞭打ち」と言った、罪人の罪を清算する為に法的に損害を与えると言う手法である。

悪い事をすれば「痛み」を受け逃げず耐える事に罪を置き換え、一気に清算させるわけである。

野蛮だと廃止されている国も多いが、法律によって重い罪を自己破産をさせずに清算させるには、こういった過激な手法もあると言う事だ。

ここまで見てきて分かったと思うが、ルールによって罪を清算させるには、限界がある。

決闘や報復が法的に存在した時代もあった。

被害者自らの手で加害者に裁きを下す事で、罪の清算をはかる手法だ。

しかし、この手法は、加害者が強かったり腕が立つと、途端に機能しなくなる。

代理で決闘しようが、今度は金のある者が強者を雇って罪から逃げおおせてしまう。

だから、現代では罪を金銭や行動制限に置き換え清算させる様に変化したわけだ。

問題は、物語の中で、主人公が罪を償えなければ、その先に気持ちの良いハッピーエンドが無いと言う事だ。

物語の中で主人公の目的が罪の清算の場合、刑務所に入ったり命を落とすのは、ラストや区切りの良い時にする決断としてはあるが、その選択肢を使えば物語は動きを失ってしまう。

主人公は、過去の亡霊に追われる中で行動するのが基本になたった場合、法律の外で罪を償う必要が出てくるのだ。

ハッピーエンドに近付く為に

1:罪を悔いる

重い罪の清算をする手法の一つが、主人公が罪によって悔い、苦しむ事だ

これが法律で定められていないのは、人の感情が定量的に機械ではかれない物だからである。

それでも、悔いなさい、反省しなさい、改めなさいと人は言う。

法で定められなくても、加害者は悔いる事が感情的に求められる。

罪に悔いると言う後ろめたさが無い様では、人の行動は変わらず、また繰り返すと思うのは当然だ。

物語の中では、主人公は幾らでも本気で苦しみ、悔いる事が出来る。

心情を描く事で、嘘無く本心を外にさらけ出す事が出来る。

2:復讐を受け入れる

被害者が報復に来るのなら、それを受け入れるのも手だ。

重い罪の清算なら、加害者が破滅する事も珍しくない。

だが、清算可能ならこれは、手の一つとしては良く見られる。

良くあるシチュエーションで、不良が自分の非を認めて「俺を殴れ」と言うのは、罪の清算としては歪だが、あながち間違っていないのだ。

問題は、殴って被害者が納得するかである。

ここのポイントは、殴られる程の罪ではない事への「俺を殴れ」と言う、利子分も含んだ清算にある。

3:行動原理を変え、代替行動で罪を償う

自主的な行動の制限である。

被害者の苦しみに、それ以上の意味を与える事が出来れば、それは贖罪になる。

過去と似た状況に遭遇し、同じ罪を犯さず、被害者と同じ境遇の人を救ったりするのだ。

被害者は直接救われないが、被害者が最初の被害に遭わなければ、被害者と同じ境遇の人は救われなかった状況を作る事で、間接的に償う事が出来る。

被害者の納得は得られないかもしれないが、罪の清算には有効な手と言う事だ。

ただ、これも物語で機能する物であり、法律で強制するのが難しい。

よくある、不良が不良の面倒を見る教師になったり、薬物乱用経験者が薬物依存患者の受け入れ施設を作るが、この手法による罪の清算行動である。

自主性と行動力が無いと出来ないので、これは法の外にある罪の清算法と言える。

終わりに

罪の償い方の基本は、罪の重さを定量的(はかれる物事)な物に変換し、清算すると言う事だ。

法律では、人の内心が分からない為、金銭や強制的な行動制限によって罪を償わせる。

物語では、内心が分かる為、主人公の自主的な行動制限によって罪を償うのと、被害者による加害者への復讐で贖わせる事が基本となる。

罪を背負っているのに、踏み倒したり値切ったりする人は、現実にもフィクションにも多くいるが、被害者に対して加害者の立場で「犯した罪を軽く見る」行為は、現実でも事件の引き金になりかねない危険行為かつ、最低の行為だし、フィクションなら確実に事件が起きる。

罪は、誰もが大なり小なり背負っている物だ。

罪は、清算しない限りは、死ぬまで負債としてついて回る。

だが、未精算のまま罪を無い物と考えると、それは思わぬ取り立てにあった時に悲惨な目に遭う事になる。

罪を自分で無くすことで、行動が変わらない、つまり自主的な行動制限が行われない事で、忘れた頃に繰り返す事になるからだ。

罪を背負っている事を認め、罪を前提として誤った過去の行動を改めていれば、自然と自主的な行動制限になり、同じ過ちは繰り返さない様になる。

その上で、罪と向き合って清算が出来れば、犯した過去の罪は消えないが、清算した罪は許される。

大事なのは、物語の主人公が罪と対峙し、どれだけ自身の行動を制限して、過去の罪を意味のある犠牲に昇華し、罪を清算し切るかである。

※この記事は、後で修正、整理する予定です。

※加筆するかも。

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