90秒の物語に何が詰まっている?
公開されるや否や、毎度の様にTwitter等のSNSや、webメディアでニュースになるぐらい話題になるマルコメのアニメCM。
2020年1月に第8作目が公開され、SNSでは大きな感動を呼んでいた。
このCMシリーズが、どうして感動出来るのか?
見れば感覚では分かるし、感動に水を差すのは無粋と言う物である。
だが今回は、無粋でこそあるが、あえて分析して解説をしていきたい。
良質な90秒の世界に、どれだけ多くの技術と計算が盛り込まれているのか、物語と言う観点から、それらを解き明かしていく。
無粋と思う人は回れ右。
短編を作りたいとか、物語に興味がある人には、きっと役立つと思われる。
90秒の世界
<ストーリー>
定年退職した道夫と妻の洋子は、海の見える小高い丘に住んでいる。料理が大好きだった妻の洋子が、最近、足を悪くした。それまで、あまり料理をしてこなかった道夫だが、妻と一緒にいたい思いで台所に。ある日の昼下がり、道夫は慣れない手つきで野菜炒めをつくり、液みそでつくった貝だしを添えた。「できたぞ」の声に、杖をつかんでゆっくり立ち上がる洋子。洋子自身は、夫が自分の世話で大変になるから施設に行ってもいいと考えていたが、足を悪くした後、道夫から家にいて欲しいと止められた。スーパーで買い物をする道夫、「自分が家事をすれば妻はずっと家にいてくれる」そんな喜びを感じつつ、その日の夜は鮭を焼き、ネギと卵を炒め、液みそでつくったあらだしを合わせた。昨日と違うみそ汁に気づいた洋子、「美味しい・・・」とつぶやく。そして道夫は気づいた。いただきますと、ごちそうさまだけじゃ足りなかったんだなと。翌朝、車いすを押しながら「今夜、何食べたい?」と、尋ねる道夫。洋子は一呼吸おいて「何でも」と。すると道夫が、「そういうのが一番困るんだ」と。いつも、自分が言っていたことを言われて思わず吹き出す洋子。照れ笑いする道夫に、本当は自分で家事ができなくなることを不安に感じていた気持ちを打ち明ける。そして「じゃあ、肉じゃが」「おみそ汁は、赤だしでね」洋子は夫の気持ちを感じて、これからも二人で寄り添いながら暮らしていこうと決める。「ああ、まかせとけ」と答える道夫。二人の向こうに光る海が見える。
公式サイトより引用
これが、この物語の内容のほぼ全てだ。
これをベースに、分解して解説していく。
主観での説明にならない様に、物語の規範「パラダイム」を根拠に話していく。
パラダイムが分からない人は、起承転結の中身を詳しく具体的にした物と考えて欲しい。
※解説は多少の専門的な表現も使うが、誰にでも分かる様に噛み砕く様に心がけます。
90秒でも物語はパラダイムに従っている。
プロローグ&日常の時(起)
料理が大好きだった妻の洋子が、最近、足を悪くした。
それまで、あまり料理をしてこなかった道夫だが、妻と一緒にいたい思いで台所に。
ある日の昼下がり、道夫は慣れない手つきで野菜炒めをつくり、液みそでつくった貝だしを添えた。
尺に余裕がある作品なら「妻の洋子が足を悪くするシーン」を入れる事で、よりシチュエーションが具体的になるだろう。
しかし、物語として丁寧に「どうしてこうなった」や「これからどうなる」と言った期待させるシーンを描く事になる『プロローグ』を長々と90秒のCMアニメで描く訳にはいかない。
なので、主人公の道夫のセリフ「妻が足を悪くして、」によって「何があったか」の結果だけを簡潔に説明してしまい、『プロローグ』で描く筈の「これからどうなる」と同じ効果を得つつ『日常の時』の描写に入れ込む事で、主人公が置かれる日常の状況設定と登場人物紹介を10秒で済ませている。
この10秒で『プロローグ&日常の時』をやる事にも意味があり、物語のペース配分を考えての事だ。
切欠の時&悩みの時&決意の時(起)
「できたぞ」の声に、杖をつかんでゆっくり立ち上がる洋子。
洋子自身は、夫が自分の世話で大変になるから施設に行ってもいいと考えていたが、足を悪くした後、道夫から家にいて欲しいと止められた。
次の15秒で、物語の中の情報量は飛躍的に増える。
二人の会話によって、妻の洋子が道夫の負担になりたくない為、自ら施設に入る事を道夫に提案していた事が分かる。
道夫は、洋子に「行きたいのか?」と聞き、洋子は「そういう訳じゃないけど」と歯切れの悪い答えを返す。
道夫が「俺が家事をやれば良いんだ」と洋子に言う事で、道夫は主人公としての選択を明確にした事になる。
このシーンは全体の中でも非常に重要で、道夫と洋子が「洋子の足」と言う共通の問題を抱えている状態で、お互いが相手を気遣う「自己犠牲的」かつ「利他的」な選択を取ろうとしている事によって、視聴者は二人のキャラクターを一気に好きになる様に計算されている。
「自分の為に、大事な他人を優先する」キャラクター性は、高確率で好印象を得られる。
道夫は洋子と離れる事が嫌だから慣れない家事をする事を選び、洋子は道夫に迷惑をかけたくないから施設に行く提案を投げかけた。
お互いが、自分の為に相手の利を優先している構図は、超強力な愛され要素なのだ。
更に、高齢化社会を舞台とした身近な問題として描いている事で、日本を始めとした社会状況が似ている地域に住む人達には、共感しやすいモチーフとストーリーのテーマである事も重要なポイントだ。
試練の時(承)
スーパーで買い物をする道夫、「自分が家事をすれば妻はずっと家にいてくれる」そんな喜びを感じつつ、その日の夜は鮭を焼き、ネギと卵を炒め、液みそでつくったあらだしを合わせた。
昨日と違うみそ汁に気づいた洋子、「美味しい・・・」とつぶやく。
そして道夫は気づいた。
いただきますと、ごちそうさまだけじゃ足りなかったんだなと。
次の12秒。
「俺がやれば妻はずっと家にいる。妻はずっとこれをやっていた」と言う、道夫は、家事によって問題に立ち向かう事になる。
その中で、道夫は料理に工夫を加え、問題を乗り越える為に成長していく。
道夫は、洋子の代わりに料理を作るのではなく、洋子の為に料理を作る。
さらに次の18秒で、道夫は洋子の「美味しい」と言うつぶやきによって、気付きを得る。
つまり、道夫は足を悪くした洋子の為に料理を作ると言う「非日常」の体験の中で、自分に足りない物に気付き、人間として少しだけ成長したのだ。
人が自分の至らなさに「気付く」描写は、高いメッセージ性を持ち、視聴者は作品から大事な物を受け取ったと言う満足感にも繋がる。
モチーフが身近だからこそ、そのメッセージは幅広い層に深く刺さる為、道夫の成長は見ていて一種の心地良さがある筈だ。
ミッドポイント(解決の時&エピローグ)(転結)
翌朝、車いすを押しながら「今夜、何食べたい?」と、尋ねる道夫。
洋子は一呼吸おいて「何でも」と。
すると道夫が、「そういうのが一番困るんだ」と。
いつも、自分が言っていたことを言われて思わず吹き出す洋子。
照れ笑いする道夫に、本当は自分で家事ができなくなることを不安に感じていた気持ちを打ち明ける。
そして「じゃあ、肉じゃが」「おみそ汁は、赤だしでね」洋子は夫の気持ちを感じて、これからも二人で寄り添いながら暮らしていこうと決める。
「ああ、まかせとけ」と答える道夫。
二人の向こうに光る海が見える。
55秒~90秒、尺にして35秒。
このCMの、クライマックスシーン。
洋子は「不安だったの、私が家事が出来なくなったらどうなるんだろう」と道夫に抱えていた秘密を明かす。
道夫を気遣って自ら施設に入る提案をしていたが、実は「家事が出来ない自分を道夫がどう思うか」と言う不安が本心だった事が分かる。
(解釈次第では、自分が家事をしないで家が荒れてどうなるか、とも取れるが、それならば施設に行く提案が、自分だけ家を脱出して施設で世話をして貰う事が目的となり、洋子が利己的な人物になってしまうので、在り得ない事が推測出来る)
この、小さくても「実は」と言う謎が明かされる展開は、物語の魅力を何倍にも高める事になる。
90秒の中に「どんでん返し」が存在していると言う事だ。(謎なら何でも良い訳では無く、あくまでもテーマに沿った謎である必要があるので、注意が必要だ)
洋子の秘密は、誰にでも共感しやすい物であり、自分の弱さを打ち明けた物である。
この弱さの懺悔は、キャラクターへの感情移入度を飛躍的に高める効果がある。
こうして、道夫の成長によって、洋子が何十年も補っていたであろう「家事」と言う要素が、再び満たされた。
問題が一つ解決し、物語は前向きな雰囲気のまま綺麗に終わる。
つまり、道夫と洋子が新たな日常を手に入れ、物語は良い感じに終わるのだが、これだけでも感動した人は多いだろう。
しかし、このブログでは、ここで終わる事は出来ない。
この先を見てこそ、90秒の物語が感動する秘密が見えてくる。
その後の展開
劇中では、描かれていない。
だが、この物語の歩む王道は、およそ決まっている。

ここからは、多分に推測となる。
道夫は「俺がやれば妻はずっと家にいる」と、劇中で語っていた。
これは、実は、問題に向き合う事を先延ばしにしているに過ぎない事を表しているとも取れる。
道夫の問題解決行動である「洋子の代わりに家事をする」と言う物は、洋子の足の問題を解決する訳では無い。
「家事をする人がいなくなる」は、問題の一部でしか無く、この物語が描く本当の問題は何か?
それは、「人がいなくなる」と言う部分にある。
つまり「足を悪くする」とは、「人が部分的に失われた」と言う事で、物語のテーマの本質は、そこにこそ存在する。
足を悪くした洋子は、王道の展開を行くのであれば、徐々に道夫の負担となり、道夫よりも先に逝く事が推測出来る。
このCMが描くテーマには「死」が含まれている。
だから、心に刺さるし、感動するのだ。
道夫は最後の最後まで、家事を代わったように、迫りくる運命に抗い、洋子と少しでも長く共に生きようとするだろう。
だが「死」から逃れる事は、決してできない。
「死」とは、どんな形であっても受け入れざるを得ない、一つの変化なのだ。
しかし、洋子に料理を作り成長した事で、道夫は救われる筈だ。
洋子を失った道夫には、料理を始めとした日常の中の、家事の一つ一つが洋子との大事な思い出として生き続け、マルコメの味噌汁を飲めば、それは洋子との思い出の味となる。
それが、物語を通して道夫が成長し、洋子に料理を作った事で得られる、「死」でも奪う事が出来ない、手元に残る救いとなるのだ。
物語を描き切る場合、バリエーションはあるだろうが、およそ、そう言った展開になるだろう。
だが、しかし
だが、尺の問題だけでなく、そんな最期まで描かないのは、理由がある。
感情移入出来るキャラクターの死は泣けるかもしれないが、テーマとして余りにも重く、苦く、寂しいCMになってしまう。
それ以外に、モチーフやテーマが身近故に、商品イメージと死をリンクさせるのは、よろしくない。
あくまでも販促のCMである以上、テーマが重いなら明るいパートで終わらせる事も、大事な判断である。
だからこそ、道夫と洋子が、老いを受け入れながらも、死を直接は連想させない段階で物語は綺麗に終わったと言うわけだ。
まとめ
いかがだっただろうか?
あくまでも「物語」と言う視点からのみの分析となったが、どうして90秒で感動出来るのか、理解が深まったのでは無いだろうか?
- モチーフが身近である事。
- ストーリーのテーマに、実は「死」が含まれている事。
- 主人公とヒロインが、自分の為に相手の利になる(利他的、自己犠牲的)行動を取っている事。
- どんでん返しがある事。
- 「至らなさ」や「弱さ」を表現している事で、キャラに深みを持たせている事。
- 主人公が精神的に成長している事。
軽く箇条書きにするだけでも、これだけ物語で感動させる為の仕掛けやテクニックが90秒と言う短い時間に収まっている。
これらは、短い時間で感動出来る物語を作りたい場合の、手本や指標になる要素ばかりだ。
この記事が気付きに繋がったり、楽しんで貰えれば幸いである。
以下、歴代のCMも置いておくので、見損ねている作品があれば見てみて欲しい。
一番下に公式サイトにあるCMギャラリーのリンクを張っているので、そちらからも歴代CMアニメを全て見れる。
制作秘話などのコンテンツも充実しているので、おススメだ。
歴代CMアニメ
第1作:マルコメ 料亭の味 たっぷりお徳 母と息子篇 90秒(2014年5月)
社会人になり、一人暮らしを始めた主人公のもとへ、実家の母から段ボールが届きます。中を開けてみると、果物や調味料、生活用品とともに即席みそ汁「料亭の味 たっぷりお徳」が。
みそ汁を飲むと一緒に食卓を囲んでいるようなあたたかさを感じる、離れて暮らす母と子の絆を描いています。
第2作:マルコメ 料亭の味 即席生みそ汁 単身赴任篇 90秒(2014年10月)
単身赴任の父を訪ねる小学生の娘2人。普段はまともな料理を食べていないはずの父のため、母に父の好物の作り方を習った2人の荷物には、たくさんの食材と即席生みそ汁「料亭の味 しじみ」が。
みそ汁を飲みながらおなかを満たすだけでなく、 “あたたかさ”を感じている家族の絆を描いています。
第3作:マルコメ 料亭の味 カップみそ汁 夜食篇 90秒(2015年2月)
大学受験を控えた高校生の娘とその父。互いに何故かギクシャク。ある夜、おなかをすかせた娘が階下に降りていくと、食卓には父が用意したおにぎりとカップみそ汁「料亭の味 あおさ」が。
みそ汁を飲みながらおなかを満たすだけでなく、 “あたたかさ”を感じている家族の絆を描いています。
第4作:マルコメ 料亭の味 液みそ 上京篇 90秒(2016年4月)
上京した母を駅のホームで迎える息子。いつの間にか大人になり家庭をもった息子の姿に喜ぶ母。
息子の家で迎えた朝、エプロン姿で弁当と朝食を作っている息子の姿に驚きます。
「液みそ 料亭の味」の使い、手早く料理をする息子。
息子の用意したあたたかなご飯やみそ汁を前に、母はひとり、そっと涙ぐみました。
みそ汁を飲みながらおなかを満たすだけでなく、 “あたたかさ”を感じている家族の絆を描いています。
第5作:マルコメ 料亭の味 無添加 母になれば篇 90秒(2017年3月)
いつだって家族が一番で、いつも自分のことは後回しの母。
そんな母への思いがあふれる娘の物語を表現したアニメーション作品です。
第6作:マルコメ 料亭の味 お徳用あおさ ミソスープ篇 90秒(2018年5月)
イタリアに嫁ぐことになった娘と、昔気質で不器用な父の
親子の物語をあたたかく描きます。
第7作:マルコメ 料亭の味 米麦合わせ ふたりでおやすみ篇 90秒(2019年3月)
母ひとり、子ひとり。おみそ汁が紡ぎ出す親子の幸せな時間。
第8作:マルコメ 料亭の味 液みそ いつまでも一緒に篇 90秒(2020年1月)
「いただきます」 と 「ごちそうさま」 だけじゃなかった。
新しい日常に踏み出す夫婦の物語。
公式CMギャラリーリンク:https://www.marukome.co.jp/cm/ryotei/