【感動させるテクニック】「返せない返報性」【返報性の原理】

「返報性の原理」が感動に繋がる?

返報性の原理、あるいは、法則を聞いた事があるだろうか?

聞いた事がある人の多くは、これをマーケティング用語や、ただ人の性質を表わす物として聞いていると思う。

重要だが、言われてみれば当たり前の事。

それが、原理や法則と言う物だ。

で、「返報性の原理」とは、何かというと……

  • 良い事をして貰ったら良い事を返す
  • 悪い事をされれば悪い事を返したくなる

と言う、「ギブアンドテイク」の事なのだが、これが「原理」って言い方だけでは伝わりきらない「大きな価値」がある事を、今回は解説していく。

感動を生みだすテクニックに「返せない返報性」と言うのがある。

一般的に何と呼ばれているかは知らないが、私はコレを説明する時に、この言葉を使う事がある。

まあ、その程度に聞いて欲しい。

これは、感動を生みだすテクニックの中でも、私はとても好きな手法で、文字通り「返せない返報性」を描く事で、大きな感動が生まれる手法となる。

まあ、さっさとテクニックの使い方の説明に移ろうか。

毎度前置きが長くて悪いね。

返報性を成立させる

上でも書いたが、人は、良い事をされれば良い事を返したくなる。

反対に、悪い事をされれば悪い事を返したくなる。

それが自然だ。

だから、最初は、小さな事で、それも小さな切欠で構わない。

登場人物を二人決めて、片方が、もう片方に、何でも良いから協力関係を申し込み、友好的な協力的関係を築く事から始めよう。

そして、その二人を、返報性の原理に従って、良い関係に育てていく事を意識してみよう。

悪い事をされれば喧嘩し、良い事をされれば、ちゃんとお返しする。

これだけで良い。

例えば、ご飯をおごられれば、別の場面でおごっても良い。

お金が無いなら、他の形で借りを返す行動をすれば良い。

ただし、忘れない様に「必ず返す」事だ。

返報性の原理に従った良い関係を形成するのが、はじめの一歩だ。

返報性でやり取りする物を「重く」する

ご飯を奢ったり奢られたり、困った時に手を貸したり借りたり。

それが出来る関係になったら、次の段階は、貸し借りの内容を「重く」する事を始めよう。

重くするのは「価値」で、出来れば「個人的」な事が望ましい。

例えば

  • 「俺が死んだら、欲しがってた物をやるよ」
  • 「お前だけは命に代えても守る」
  • 「故郷に帰ったら店を開くつもりだけど、よかったら一緒にやらないか?」

とか、そう言う「重さ」だ。

当然、返報性の関係が出来上がっている二人は、それが「個人的」で「大きな価値」がある事を、当事者として理解している。

ここで更に条件として必要なのは、貸し借りする物の内容は、あくまでも「自己犠牲的」か「自己実現的」である必要がある。

この場合、

  • 自己犠牲とは「本来なら譲る事に痛みを伴う、自分の大事な物を与える事」で、
  • 自己実現とは「本来ならシェアする気が無かった夢の共有を持ち掛ける」事だ。

すぐに与える事はせず、本当に重い物の場合は「予約」をする事が肝となる。

「譲渡の約束」が成立した状態にするのだ。

で、返報性の法則なので、重い物を提示された側は、当然ながら何かを返さなければならない気持ちになる。

しかし、重すぎると引いてしまう事があるだろう。

だが、この手法の場合は、ここで、断る事が出来ない物をデザインするのが重要だ。

断る事がバカらしいぐらい「良い提案」にしないと、違和感に繋がる。

なので「そんな縁起でも無い事言うなよ。でも、気持ちは嬉しい」とか「いま言った事、忘れるなよ」となる様な重い物を考える必要がある。

そんな感じで、あくまでも返報性の原理に従って、貰う予約をした物は、必ず返す予定のスタンスで話しは進んでいく。

つまり、「重い物を貰う予定」となった時、既に「重い物を返す事も決まった予約状態」となっている。

ここまで関係が育てば、もう一息だ。

思わぬ形で?

重い物を渡す約束をしたら、約束の時を描こう。

ここでポイントとなるのは、返報性が成立する「強い絆」で繋がった二人の関係こそが最も重要であり、関係の証明として重い物の譲渡契約は「思わぬ形」で果たされると言う点だ。

例えば、上記例で、

  • 「俺が死んだら、欲しがってた物をやるよ」

と言われ、それを受けた場合は、受けた側には「死なないと渡したくないぐらい大事な物の譲渡」と同じ重さの返報性原理が発生している事になる。

  • 「お前だけは命に代えても守る」

と約束された場合は、それを受け入れた場合、「相手の命」と同じ重さの返報性が発生している訳だ。

  • 「故郷に帰ったら店を開くつもりだけど、よかったら一緒にやらないか?」

と夢を語られたら、「夢」の重さの返報性が発生しているのだ。

で、訪れる「約束の時」とは、その「返報性が刺激される状況」を指す。

「死んだら」なら、死ぬ時だ。

で、思わぬ形とは「約束の外側の状況」を指す。

死ぬ時なら、死ぬのが渡す方ではなく、渡される約束をした方になったり、あるいは、死なないのに引退するからと渡したり、渡しそびれたが忘れた頃に手元に届いたり、色々考えられるが、そういう事だ。

ここでポイントは、これまでインフレを起こして大きくなった返報性を、大きく重くするのではなく、大きな感動を呼び起こすのであれば「返報性から脱却する」事である。

返せない返報性

返報性の原理から脱却するとは、つまり、それまで従っていた原理を無視したり、状況的に返せない様にするという事だ。

これは、「片方から返報性を返せない形で、どちらかが貰って終わる瞬間を描く」という事になる。

これが「返せない返報性」と言う手法だ。

この手法は、感動的な物語の中では、要所で効果的に使われている。

例えば、漫画「チェンソーマン」では、

最初、デンジとポチタは、互いに生き残る為に契約を結ぶ。

ポチタの怪我をデンジの血で治す代わりに、ポチタがデンジに協力する「ギブアンドテイク」だ。

だが、デンジはポチタに「死んだら自分の身体をあげて、ポチタに普通の暮らしをしてほしい」と望む。

ここで「重い」返報性の原理が二人には、成立し、予約によってポチタは同じ重みの物を返す準備が出来る。

その後、デンジは殺され、ポチタは約束通りデンジの身体を貰う事となる。

しかし、ここで「思わぬ形」で、約束が果たされる事になる。

ポチタが「かわりに夢を見せてくれ」と言い、デンジの身体を貰わずに、自分を心臓に変えてデンジに譲るのだ。

そして、ポチタはデンジの一部となり、デンジは「あげる約束」をしていたのに「もらったのに、返せない状況」に追い込まれ、ここが大きな感動を呼び起こす事となる。

他にも、いくらでも例を出せるが、きっとこの記事を読んでいる人も好きな作品の中で、この手法が使われている物を一つぐらい知っているのでは無いだろうか。

探してみると「なるほど」となる、かもしれない。

まとめ

  • 良い返報性の原理が成立した関係を作る
  • 返報性をインフレさせ、重くさせる
  • 渡したりシェアする約束をする
  • 思わぬ形で約束の時を迎える
  • 思わぬ形で約束は果たされるが、返せない状況にショックを受ける

簡単にまとめると、こんな感じ。

返してもらわなくて良いから与える行為とは、ギブアンドテイクがラブに変化した瞬間であり、それがドラマチックであれば、感動も更に大きくなるという寸法だ。

あくまでも、「返報性の原理」が成立する関係が、最後に「愛」と言う形に変化するカタルシスが感動に繋がるのであって、返報性のインフレ合戦や、最初から与えるだけの愛では、決してここまで大きな感動は生まれない。

「返報性の原理」に支配されていた二人が、「返報性からの脱却」の瞬間が、最も輝くという事だ。

これを描くには、登場人物に自己犠牲的な行動を少なからずさせなければならないので、自己中キャラクターでは、とてもやり辛い手法と言う事は、一応伝えておく。

また、これは物語だけでなく、現実でも成立しうる関係性なので、返報性の原理が成立している家族や友人と、これを意識してコミュニケーションや約束するのも良いかもしれない。

って事で今回はこの辺で。

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