昔話を分解
馴染み深かったり、断片的には知っているであろう昔話。
既に著作権が切れていたり、著者の好意で公開されている作品を使わせてもらって、学ぼうと言うシリーズだ。
現代のエンタメでそのまま使えないが当時はこれで良かった、なんて部分も含めて気付きがあるのでは無いだろうか?
今回のテーマは「子供に化けた狐」だ。
それでは、見て行こう。
子供に化けた狐
引用:青空文庫
https://www.aozora.gr.jp/#main
著者:野口雨情
プロローグ
子供に化けて、大人をだます悪い狐がをりました。
日常の時、切欠の時
三五郎と云ふ百姓が、馬を曳いて帰つて来ますと、道の端に七八つ位の一人の子供が泣いてゐました。
悩みの時、決意の時
三五郎は、狐が化けてゐるのだと気づきましたから、わざと知らない振りをして通りすぎようとしました。
試練の時
子供は三五郎の方を見い見い余計に泣きました。
どこまでも知らない振りをして三五郎が通つて来ますと、子供は大声をあげて泣き泣き馬の後をついて来ました。
さうするうちに、急に日が暮れて来て、あたりが薄暗くなつてしまひました。
まだ日の暮れる筈のないのに、不思議だとは思ひましたが、空にはお星さまさへチラチラ出て、遠くの森で梟の啼く声さへ聞えました。
後から泣き泣きついて来た筈の子供は、こんどは、いつの間にか三五郎の前に立つて泣き泣き歩いてゐました。
『己はちやんと判りきつてゐるのに、知らずにだまさうとする馬鹿な狐だ』と三五郎は心の中で可笑くなりましたが、なにしろ斯う日が暮れて来ては、急いで家へ帰らうと馬に乗りました。
危機の時
さうすると、泣き泣き歩いてゐた子供は、馬の口元をとつて別の方の細い道へ馬を曳き込まうとしました。
三五郎は馬の上で、
『コラコラ道が違ふ。こつちだこつちだ』
と怒鳴りつけましたが、子供は聞えない振りをして、ずんずん細い別な方の道へ曳いて行きました。
三五郎は、もう我慢が出来なくなつて
『この狐め』
と馬からとび下りますと、そこはどぶどぶした泥田の中で、どこまでもどこまでも身体が泥の中へもぐつて行きました。
これは大変だ、どうかしてあがらうと、あせればあせるほどだんだんもぐつてしまひました。
やうやく足が届いたと思ふと、そこは、広い広い河原の中でありました。
絶望の時
河原は、まだ日が暮れずに、西の方が夕焼で赤くなつてゐましたが、空の色も、石の色も草も、木も、みんな灰色をした、この世とは、まるつきり違つた国でした。
『一体ここは、なんといふ国だらう、なんといふ広い河原だらう』と三五郎は、あつけにとられてゐますと、向ふの方で大勢の子供が、
父さん恋し
母さん恋し
河原の石は
数限りない
チヨン チヨン
チヨン チヨン
と、童謡を唄ひながら、石を運んでは積み、運んでは積み、一生懸命に石を積んでゐました。
三五郎は子供達のそばへ行つて。
『モシモシここはなんといふ国だか教へておくれ』
とたづねますと、子供達は口々に、
『小父さん、ここは三途の河原よ』
と云ひました。
三途の河原と聞いて三五郎はびつくりしてしまひました。
契機の時
『己は、たうとう死んでしまつた、なんといふ情ないことになつただらう。道理で今までの世の中とはまるつきり違つてゐる、どうしたらいいだらう』
と悲しくなつて考へてゐますと、子供達は、
『小父さん赤鬼が来るよ。目つかつてごらん、ひどい目に逢ふから。早くどつかへ隠れておいで』
と親切に云つてくれました。
三五郎は隠れようとしても、広い河原のことで、隠れ場所がありませんでした。
うろうろしてゐるうちに、もう赤鬼は大な鉄の棒をついて向ふからやつて来ました。
解決の時
赤鬼は、それはそれは大きな声で、
『コラコラ逃げても駄目だぞツ』
と怒鳴りながら駈けて来て、ギユツと、襟頸を捉んで、
『お前は、泣いてゐた子供をいたはらずに、馬へ乗つて逃ようとしたな』
と力一杯にグーウンと三五郎を抛り投げました。
三五郎は毬でも投げるやうに投げられてしまひました。
ややしばらくすると、ドシーンと地べたへ落ちましたが、そのまま気絶をしてしまひました。
三途の川は
地獄の一丁目
赤鬼さんに
投げられました
三五郎さんは
三途の川の
赤鬼さんに
投げられました
このこと話そ
このこと聞かそ
三五郎さんは
投げられました
と、どつかで童謡を唄つてゐる声が微に耳にはいつて来ました。
はつと目をあいて見ますとあたりはもう真暗で、遠くの方には、チラチラ灯も見えてゐました。
『ここは地獄のどこか知ら』
と無性に悲しくなつて来ました。
すると、こんどは、
大馬鹿 小馬鹿
大馬鹿三五郎
お馬の上で
何の夢見てる
トツチン トツチン
トツチンチン
大馬鹿 小馬鹿
大馬鹿三五郎
トツチン トツチン
トツチンチン
と、狐の声で童謡を唄ひながら囃立てゐるのが聞えました。
初めて気がついてみますと、三五郎は馬に乗つたままで元の所にゐたのでした。
三五郎は、やつぱり狐にだまされてしまつたのでした。
おしまい
解説
昔話特有だが、3幕構成の1幕目が真面目に3行で終わるスピーディさによって、すぐに物語が動き、面白くなるので飽きる暇が無い。
キャラや世界観を膨らませる事が求められる現代の作品では、ここまで短縮は難しいが、シンプル故に、最低限の構造を理解するのには、やはり昔話は、とても役立つ。
2幕の前半もすぐに終わり、話のメインステージが2幕の後半から3幕なので、主人公が追い詰められているシーンが割合だと、かなり多いのも印象的だ。
主人公がハッピーエンドかバッドエンドかの分かれ道となる解決の時の決断で、鬼と言う審判者によってバッドエンドが決まり、それによって日常の世界に戻ってくる仕組みは、パラダイムとして見ても、非常に整っていると言える。
この物語は、日本昔話に多い狐に化かされるタイプのお話で、話のポイントとなるのは、読者がまだ化かされていないと思っている時点から、既に術中にハマっている事だ。
つまり、狐(作者)は、主人公だけでなく読者をも騙している事で、どんでん返しの面白みがあるわけだ。
騙すと宣言した事で「身構える」相手の姿勢を逆手に取ったどんでん返しが使われていて、この手法は「これから騙しに来る」と言う予告が罠である。
「これから、こう言う風に騙しに来る」と言う予告によって、どう騙されるかを予想してしまう心理状態を逆手に取って、他の手法で絡めとるわけだ。
この、どんでん返し手法は、現代でも現役バリバリ使える為、様々な作品の中で見る事が出来る。
個人的に、一番最近印象に残った作品では、ネットフリックスオリジナルアニメーションで、フジテレビ系列で地上波放送もした「グレートプリテンダー」の1話目だろう。
詐欺師の騙し合いと言う情報によって、これからどうなると言う「身構え」を作らせた時点で、手の平の上。
計画はずっと前から始まっていて、見ている人は計画のスタートから見ていると錯覚しているが、実は計画は見始めの時点で中盤なのだ。
「子供に化けた狐」の場合は、タイトルの時点で「子供の姿を利用して化かす」と言う先入観を植え付ける罠であり、実際は噂を流す所から狐の計画は既に始まっていて、子供の姿の狐とエンカウントして警戒する事も計画には織り込み済みと言うわけだ。
狐が不思議な体験をさせる以外に主人公に害を出しておらず、犯行を予告した上で騙し合いの勝負している事で、騙された事に不快感は無いのも読み心地を高める事に貢献している。
つまり、悪者がいないのだ。
清々しく「騙された!」と、ルパンにまんまと騙された銭形のとっつぁんみたいな気分になれる、良い物語だと思う次第だ。
これで、「肥溜めの中で気が付いた」とかだったら、笑えるかもしれないが狐が悪者となる。
この狐の頭が良い所は、計画を分析すると、より分かる。
子供だと思って騙されても害は無い。
子供は狐だと身構えても「善人かどうか」を問うだけで害はなく、鬼から子供を守る様な行動を取った場合は、狐は主人公の人間性を見直すであろう展開まで考えられる。
つまり、
- 泣いている子供だと思い込んで狐に優しくするEND
- 泣いている子供だと思い込んで狐に邪険にするEND
- 化かしに来た狐だと思った事で狐に騙され、子供を鬼から見捨てるEND
- 化かしに来た狐だと思った事で狐に騙され、子供を鬼から助けるEND
- 化かしに来た狐だと思った事で狐に騙されずに、化かしを見破るEND
と、狐の計画が優れているので、これだけの展開拡張性があり、ゲームならエンディング回収が楽しみとなる。
ノーマルエンドは3だった。
1や4のグッドエンドなルートも、ちょっと見て見たくはならないだろうか?
他の形式の物語の導入に、どう?
異種族との恋愛を描く作品は、昔から人気ジャンルだ。
この話を、その導入に使うのはどうだろうか?
例えば、最初は化かしに来た狐だったが、幻想の鬼からとは言え命がけで子供を守る主人公の人間性に惚れ込んで、押しかけ女房なんて展開だったり、色々料理のしようはあるだろう。
要は、狐が想定していない行動を主人公が取ってしまって、それが狐にとっての運命の出会いになれば良い。
狐と言うモチーフを別の物に変えても良いだろう。
もしも異世界ファンタジーに転用するなら、いたずら好きの種族を使えば親和性も高いしね。
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