昔話の構造利用
パラダイムで見る昔話「 ルンペルシュチルツヒェン」等【名前当て勝負】の記事で、軽く触れた遠く離れた同構造の物語。
「ルンペルシュチルツヒェン」を「千と千尋の神隠し」にになるまで設定を変えていく流れを実験的にやってみる。
一応だが断っておくと、「千と千尋の神隠し」が本当にこうやって作られたなんて事は、まず無いだろう。
あくまでも、昔話をヒントにして、どうやって全く別の作品を形成してくのか、その考え方を見て行きつつ、そのゴールに「千と千尋の神隠し」を持ってきただけと考えて貰いたい。
前回、設定の重厚化で変わった物
現代日本を舞台に、ある日、主人公である娘は、親の罰当たりな行動から八百万の神々が暮らす国に連れ去られてしまった。 魔女に対して親の罪を償わないと、一緒に誘拐された親を連れて日本に戻れない。 魔女は、働いて罪を償うように言う。 長い時間神の国にいると、人は生きていけないので言いなりになるしかない。 右も左も分からない状態で、主人公は途方に暮れる。 そんな時に、一人の美しい少年が目の前に現れ、主人公に語り掛けてくる。 今の状況から助けて欲しいなら、自分の事も助けて欲しい。 もし私の名前を思い出させてくれれば、その時は、元の世界に帰してあげると言う。 でも、もしお前が私の名前を思い出させる事が出来なければ、その時は、それまでだ。 主人公は、迫るタイムリミットの中、少年の名前を思い出す手伝いをする事になってしまう。
と言うのが、
現代日本を舞台に、ある日、主人公である娘は、親の罰当たりな行動から八百万の神々が暮らす国に連れ去られてしまった。 魔女に対して親の罪を償わないと、一緒に誘拐された親を連れて日本に戻れない。 全員が名前を奪われ、逆らえない。 魔女は、経営する温泉宿で、湯女として働いて罪を償うように言う。 名前を取り戻さないと逆らう事が出来ないので、言いなりになるしかない。 右も左も分からない状態で、主人公は途方に暮れる。 そんな時に、一人の美しい少年が目の前に現れ、主人公に語り掛けてくる。 今の状況から助けて欲しいなら、自分の事も助けて欲しい。 私も魔女に名前を奪われた。 もし名前を思い出させてくれれば、その時は、君の名前を取り戻す助けをすると言う。 主人公は、自分と親の名前を取り戻す為に、少年の名前を思い出す手伝いをする事になってしまう。
と言う風になった。
今回は、更に「千と千尋の神隠し」に近づく様に設定を変えていく。
設定の追加
このままでも、一定の物語には出来るだろう。
しかし、その場合は「 ルンペルシュチルツヒェン 」の設定をスライドさせた物語まんまに見える。
そこで、設定を追加していく事で「 ルンペルシュチルツヒェン 」を知っている人が見ても先が予想出来ない様にしていく。
追加の基本
設定追加の基本は、例えるなら線路を想像して欲しい。
線路のある区間を回り道する様に追加する、そんな路線を追加する感覚だ。
つまり、
- スタートとゴールは変わらない
- スタートとゴールに接続できる物しか追加出来ない
この二つが、大原則として存在している。
今回、「 ルンペルシュチルツヒェン 」の場合は、
- 王様に金糸を用意しないと殺されるので、殺されないためには小人と取引する
- 取引で子供を渡さない雨には名前を当てる必要がある
と言うのがベースにあり、
- 親の罪を償わないと一生奴隷で、無理なので奴隷脱出の為には龍神の名前を見つけないといけない
- 名前は魔女が隠しているので、探す必要がある
これらが、設定のスタートとゴールに来るブロックだ。
つまり、この間に来る物を変えても、膨らましても、追加しても、繋がりさえすれば自由にしていい。
接続部のスタートとゴールに入る物
今回の場合は、名前をどうやって探すかが肝となる。
この基本的な考え方は「ドミノ倒し」や「ピタゴラスイッチ」あるいは「わらしべ長者」を連想するとイメージしやすい。
結末は、名前当て勝負に辿り着きさえすれば良い。
名前に辿り着くまでに、どんな道を辿るかと言う話だ。
「 ルンペルシュチルツヒェン 」では、
- 部下を使って国中の名前を集め、
- その中で偶然、小人の名前を聞いた者がいた事で名前に辿り着く。
では、「千と千尋の神隠し」では、どんな追加が行われているのか見てみよう。
スタート地点は、両親が豚になって主人公が詰んでいる状態からだ。
- ハク(龍神)から油屋で働くように助言を貰う。
- ハクの紹介で釜爺に頼む。
- 窯爺の紹介でリンに湯婆婆の部屋まで案内される。
- 湯婆婆(魔女)に何とか働く許可を得るが、代わりに主人公も名前を奪われる。
- 魔女は働きたい者に仕事を与える契約に縛られている。これをハクは利用した事が分かる。
- ハクが他人行儀で現れ、主人公の教育をする事に。
- ハクの手引きで主人公はリンの後輩になる。
- ハクの手引きで豚になった両親と再会するが見分けがつかない。
- ハクに返された元から持っていた荷物から自分の名前を無事に思い出す。
- ハクが自分と同じ状況だと理解する。
- 油屋で必死に働き始める。
- 失敗続きの中、誤ってカオナシを油屋に引き入れてしまう。
- カオナシは主人公を気に入って、薬湯の札をくれる。
- 油屋に厄介な客である腐れ神が来訪し、主人公は新人として押し付けられる。
- カオナシに貰った薬湯の札で腐れ神の身体を洗う。
- 身体にゴミが詰まっている事に気付き、それを無理やり取り除く。
- すると、実は名のある河の神だと分かり、お礼に砂金とニガダンゴをくれる。
- 砂金を手にして湯婆婆に一目を置かれる。
- カオナシが主人公の気を引きたくて、河の神の真似事をする。
- カオナシが強欲な従業員を食べていく。
- 湯婆婆に操られたハクが怪我をして帰ってくる。式神がハクを追跡してくる。
- ハクを助けようと駆けつけると、湯婆婆の溺愛する子供である坊に襲われる。
- ハクの血を見せて難を逃れる。
- ハクを助けようとすると、湯婆婆の双子の姉である銭婆が現れる。主人公が式神で引き入れてしまった。
- ハクは魔女の姉妹喧嘩に使われ、銭婆の大事なハンコを盗みに行かされていた。ハンコは盗んだ者を殺す呪いがかけられている。
- 銭婆の報復によって、湯婆婆の大事な坊と鳥は鼠とハエに姿を変えられ、湯婆婆の手下の頭が坊に姿を変えられ、入れ替えられる。
- ハクと共に逃げ、窯爺の所へ。
- 呪いを解こうとする主人公は、ニガダンゴをハクに食べさせてハンコと呪いを吐き出させる。
- 銭婆にハンコを返してハクの罪を償う事を決意し、釜爺から電車の切符を貰う。
- カオナシが河の神の真似事をする中で狂っていく。カオナシは唯一優しくしてくれた主人公を求めている。
- 食べ物の悪影響を受けたカオナシにもニガダンゴを食べさせると、食べた物と一緒に毒気が抜けていく。河の神からゴミを取り除いたり、ハクから呪いを吐き出させるのと一緒。
- 正気に戻ったカオナシと、湯婆婆に正体を気付いて貰えないネズミの坊とハエの鳥を連れて、主人公は銭婆にハンコを返しに行く。
- 主人公と窯爺のおかげで生き延びたハクが、湯婆婆に坊がすり替えられた事を伝える。坊を連れ戻す代わりに主人公と両親を許して欲しいと頼む。
- 銭婆の家に到着し、ハンコを返す。主人公が吐き出させた呪いは、湯婆婆がハクを操る方の呪いだと分かる。
- ハクが主人公を迎えに来ると、カオナシは銭婆の家に残る事に。銭婆はハンコを返しに来た主人公に、みんなで紡いだ糸で作った髪飾りをお守りとして持たせる。
- ハクの背中に乗って湯婆婆の所に戻る途中、昔話をする。主人公はハクと昔会った事がある事を思い出す。ハクも、川の神だった。『饒速水小白主 (にぎはやみこはくぬし)』と言う名前を思い出し、ここでどうしてハクが主人公を最初に助けてくれたのかが分かる。
- 湯婆婆の所に戻ると、坊が戻った事でハクと湯婆婆のした主人公を許す約束が果たされる。沢山いる豚の中から両親が変身した豚を当てるクイズに勝てれば許すのがルールと言われる。
- 主人公は豚の中に両親がいない事を見抜いて勝負に勝つ。
- 名前を取り戻し、呪いも解けたハクは湯婆婆との関係を清算して、またどこかで会えると言って主人公を元の世界に案内して別れる。
と、ザックリだが、こんな感じで「千と千尋の神隠し」は、スタートとゴールの間が構成されている。
「千と千尋の神隠し」では、その間に一貫して「食べる事、吐き出す事」で性質が変化する。
- 両親は、神の食べ物を盗み食いして豚になる。
- 主人公は神の国の食べ物を食べて存在を許される。
- 河の神は溜め込んだゴミを吐き出す事で腐り神から本来の姿に戻る。
- ハクはハンコを食べて呪われる。
- ハクは、ニガダンゴで吐く事で、ハンコと呪いから解放される。
- カオナシは強欲な者たちを食べて怪物になる。
- カオナシは、ニガダンゴで吐く事で元の状態に戻る。
悪い物を食べると食べた人が悪くなり、悪い物を吐き出せば元に戻るが繰り返されているのが分かるだろう。
また、「名前当て」も複数回、様々なパターンで見られる。
- 銭婆が坊の姿をネズミに変えて、頭を坊に変え、湯婆婆が正体を見破れなかったのが最初の「大事な物当てゲーム」だ。
- 次に、主人公からハクに対しての「実は知り合いだった」と言う形で一回行われ、「コハク川」と言うヒントから『饒速水小白主 (にぎはやみこはくぬし)』と言う名前が思い出されるのが二回目。
- 最後に、湯婆婆との最後の「両親当て」と言う形のゲームだ。ここでは「悪魔の名前」と言う物語で見られる「選択肢の中に答えが無い意地悪」と言う事を、主人公が見破る形で勝負に勝っている。これは、事前に銭婆が坊を使って湯婆婆に仕掛けたゲームの対比でもある。
この「食べ物による変化」と「名前当て」が重要な一貫性である事が分かるだろう。
これらが、全て「わらしべ長者」的に繋がる事で、一本の物語になっているわけだ。
高みに至る為に、小さく始める
答えから見ると、あまりにも開きがあって辟易するかもしれない。
だが、千里の道も一歩からだ。
それに、最初からこんなに長く複雑に見える構成にする必要は無い。
- ハク(龍神)から油屋で働くように助言を貰う。
- ハクの紹介で釜爺に頼む。窯爺の紹介でリンに湯婆婆の部屋まで案内される。
- 湯婆婆(魔女)に何とか働く許可を得るが、代わりに主人公も名前を奪われる。
- 魔女は働きたい者に仕事を与える契約に縛られている。これをハクは利用した事が分かる。
- ハクが他人行儀で現れ、主人公の教育をする事に。
- ハクの手引きで主人公はリンの後輩になる。
- ハクの手引きで豚になった両親と再会するが見分けがつかない。
- ハクに返された元から持っていた荷物から自分の名前を無事に思い出す。
- ハクが自分と同じ状況だと理解する。
と言う最初の流れだけでも、短ければ十分に物語として成立する。
要は、名前を取り戻せば良い。
主人公が龍神の名前を魔女から取り戻す為に、湯女として働く形で内部に潜入した事にだって出来ない事は無いし、短いなら窯爺やリンを省いて直接、湯婆婆の下で働く流れでも良い。
つまり、
- ハク(龍神)から油屋で働くように助言を貰う。
- ハクの紹介で湯婆婆(魔女)に何とか働く許可を得る。
- ハクが主人公の教育をする事に。
- ハクに返された元から持っていた荷物から自分の名前を無事に思い出す。
- ハクが自分と同じ状況だと理解する。
と言った感じのダウンサイジングを行えば、最低限何が必要かが分かるし、元の「千と千尋の神隠し」とダウンサイジング版を比較すると、話を膨らませる為にキャラや設定がどうやって追加され、それが劇中でその様に働いているのかも分かる筈だ。
大事なのは
それらも、組み込みたい部分のスタートとゴールの間に入る要素であれば、様々な物に変化させる事が出来る。
大事になるのは、物語としての「方向性」が一貫していて、間でどんな事が起きようとも、物語は最初の目的地に、どんなに回り道をしようとも向かい続けている状態を維持しておく事だ。
この姿勢の維持に役立つのが、一貫した要素であり、だからこそ「千と千尋の神隠し」では「食べる・吐く」と「大事な物当て勝負」と言う要素が、繰り返し登場する。
わらしべ長者的、何を交換しているかの意識
主人公は最初、何も持っていない。
だが、最後には大事な物を持って帰る。
そのドミノ倒しの様な、ピタゴラスイッチの様な、わらしべ長者的な連鎖反応を見ていくと、物語の理解は大きく進む。
- 主人公→実はハクと知り合い
- ハク→主人公に食べ物と手助け
- 主人公→窯爺のすすわたりに優しくする
- 窯爺→主人公にリンを紹介
- リン→主人公に湯婆婆を紹介
- 湯婆婆→主人公に仕事を斡旋しハクの部下に
- ハク→主人公をリンの後輩に
- リン→主人公に仕事を教える
- 主人公→仕事でカオナシに優しくする
- カオナシ→優しい主人公にお礼で薬湯札をくれる
- 主人公→仕事で腐れ神に優しくする
- 主人公→カオナシに貰った薬湯札で腐れ神を洗う
- 主人公→腐れ神のゴミを取り除く
- 腐れ神→実は河の神で、主人公に砂金とニガダンゴをくれる
- カオナシ→主人公に好かれたくて河の神の真似をして金を出す
- 主人公→ハクが怪我をして帰ってくるので助けに行く
- 坊→主人公にわがままを言って邪魔をする
- 主人公→ハクの血で坊を驚かせる
- 主人公→ハクを追っていた銭婆に利用される
- 銭婆→報復で坊をネズミに
- 主人公→ハクにニガダンゴを食べさせて解呪
- ハク→解呪され少し自由になり、主人公にハンコを吐き出す
- 主人公→ハクの為にハンコを銭婆に返す決意をする
- 窯爺→銭婆の家に行ける電車の切符をくれる
- 主人公→食べて狂ったカオナシにニガダンゴを与えて吐かせる
- 湯婆婆→坊に気付かない
- 坊→自分の正体を知る主人公を頼る
- カオナシ→主人公についていく
- ハク→湯婆婆に坊を連れ戻すから主人公を助ける様に交渉する
- 主人公→銭婆にハンコを返す
- 銭婆→髪飾りをくれる
- ハク→湯婆婆との取引で主人公を迎えに来る
- 主人公→ハクの名前を思い出す
- 湯婆婆→ハクとの約束で主人公と両親を許す為のゲームをする
- 主人公→ゲームに勝って帰る権利を得る
- ハク→主人公を元の世界に案内して再会を願って別れる
と言った感じに要素のドミノがおよそ配置されている。
特徴的な要素に限定すると、
- 名前を知る知り合い→「ハク:食べ物、仕事」
- 仕事で優しくする→「カオナシ:薬湯札」
- 薬湯で綺麗に→「河の神:ニガダンゴ」
- 呪いを解く為にニガダンゴ→「ハク:ハンコ」
- ハンコを銭婆に返す→「銭婆:髪飾り」
と、主人公は劇中で出会う神々を相手に、何かを与える事で別の何かを与えられ、それを別の誰かに与える事で問題を解決していっている事が分かる。
終わりに
この、設定の追加を伴う「要素のドミノ倒し」を考えるのは、一朝一夕では出来ないだろう。
だが、先にも書いた様に、基本を守って小さく始めれば、必ず出来る筈だ。
基本はマトリョーシカの様な入れ子構造であり、ミクロな視点で見ると単純な要素を組み合わせた塊が、いくつも連なって構成されているに過ぎない。
いくつもの単純作業の繰り返しによって、一見して複雑な構成も出来ているのだ。
いきなり複雑に設定を練ろうとしない方が良い。
複雑な設定を簡潔にまとめるのは、単純な設定を組み合わせて複雑で大規模な構造体を作るよりも、はるかに難しくなる。
と言う事で、最後は少し駆け足かつギュッとした所もあったが、【千と千尋の神隠しにルンペルシュチルツヒェンがなるまで】と題して六回に渡ってやって来た試みは、ここらで一区切りとしたい。
じゃあ、またね。