パラダイムで見る昔話「のろまのハンス」

昔話を分析・解説

今回のテーマは「のろまのハンス」。

のろまのハンス

引用:青空文庫

https://www.aozora.gr.jp/#main

著者:ハンス・クリスチャン・アンデルセン

翻訳:矢崎源九郎

プロローグ

 あるいなかに、古いお屋敷がありました。

 そのお屋敷には、年をとった地主が住んでいました。

 地主にはふたりの息子がありましたが、ふたりとも、ものすごくおりこうで、その半分でもたくさんなくらいでした。

決意の時、切欠の時(ふたりの息子)

 ふたりは、王さまのおさまに結婚を申しこもうと思いました。

 どうしてそんなことを考えたかというと、じつは、こうなのです。

 お姫さまは、だれよりもじょうずにお話のできる人をお婿さんにする、と、国じゅうにふれまわらせていたからです。

試練の時 (ふたりの息子)

 そこで、ふたりは、一週間のあいだ、いろいろと準備をしました。

 つまり、それだけしか、ひまがなかったのです。

 でも、それだけあればたくさんでした。

 なぜって、ふたりには予備知識というものがあったからです。

 しかも、この予備知識というものは、いつでも役に立つものなのです。

 ひとりは、ラテン語の辞書を全部と、町の新聞を三年分、すっかり、そらでおぼえていました。

 おまけにそれが、前からでも後からでも、自由じざいだったのです。

 もうひとりは、組合の規則を残らずおぼえていて、組合長ならだれでも知っていなければならないことを、ちゃんと心得ていました。

 ですから、政治のことなら、だれとでも話すことができるつもりでいました。

 それに、じょうひんで、手先も器用でしたから、ウマのひきがわにししゅうをすることもできました。
「お姫さまは、わたしがもらう!」と、ふたりとも言いました。

 おとうさんは、めいめいに、りっぱなウマを一頭ずつやりました。

 辞書と新聞とをそらでおぼえているほうの息子は、炭のように黒いウマをもらい、組合長のようにりこうで、ししゅうのできる息子は、乳色の白いウマをもらいました。

 それから、ふたりは口ばたに肝油をぬって、よくすべるようにしました。

 召使の者はみんな中庭へ出て、ふたりがウマに乗るのを見ていました。

日常の時

 そのとき、三番めの息子が出てきました。

 じつをいうと、兄弟は三人だったのです。

 しかし、この三番めの息子を兄弟の中にかぞえる者は、ひとりもありませんでした。

 というのは、ふたりのにいさんたちのように、いろいろな知識というものを、持っていませんでしたから。

 そして、この息子は、みんなから、のろまのハンスと呼ばれていました。

切欠の時

「そんないい着物なんか着て、どこへ行くんだ?」と、ハンスがたずねました。
「王さまの御殿へ行って、お姫さまと話をするのさ。たいこを鳴らして、国じゅうにふれまわっていたのを、おまえ、聞かなかったのか?」

 そう言って、ふたりはハンスにそのことを話してやりました。

決意の時

「こいつぁあ、たまげた! じゃあ、おれもいっしょに行くべえ」と、のろまのハンスは言いました。

 にいさんたちは、ハンスを笑って、そのままウマに乗って行ってしまいました。
「とっちゃん、おれにもウマをくだせえ」と、のろまのハンスは大きな声で言いました。

「おれもさんをもらいてえ。お姫さまがおれをもらうんなら、おれをもらやあいい。お姫さまがおれをもらわなくったって、おれのほうでお姫さまをもらってやらあ!」

悩みの時

「何をつまらんことを言ってるんだ!」と、おとうさんが言いました。

「ウマはやれん。おまえにゃ、話なんぞできっこない! だがな、にいさんたちはりっぱな若者だ!」
「ウマがもらえねえんなら」と、のろまのハンスは言いました。

決意の時

「じゃあ、ヤギに乗ってくよ。あいつはおれのもんだし、それに、あいつだって、おれを乗せて行くぐらいできるさ!」

 こう言って、ヤギの背中にまたがると、その横っ腹をかかとでけとばして、大通りをいっさんにかけだしました。

試練の時

 うわあ! 

 その速いこと、速いこと! 

「ここだよお!」と、のろまのハンスはどなりました。

 それから、あたりに鳴りひびくような大声で、歌をうたいました。
 しかし、にいさんたちはって、ウマを先に進ませて行きました。

 ふたりはひとことも言いませんでした。

 いまはそれどころではありません。

 お姫さまの前へ出たときに、話そうと思っているうまい思いつきを、はじめから念には念をいれて、考えなおさなければならなかったのです。
「オーイ、オーイ!」と、のろまのハンスがどなりました。

「ここだよお! おれが大通りで見つけたものを見てくれ」

 そう言いながら、途中で見つけてきた、死んだカラスを見せました。
「のろま!」と、ふたりは言いました。

「それで、どうしようっていうんだ?」
「お姫さまにあげようと思うだ」
「うん、そうしな」

 ふたりはそう言って、笑いながら、なおもウマを進めていきました。

試練の時

「オーイ、オーイ! ここだよお! いま見つけたものを見てくれ。まいんち、大通りで見つかるようなもんじゃあねえ」
 そこで、にいさんたちは、またうしろをり返って、こんどは何だろうと、ながめてみました。

「のろま!」と、ふたりは言いました。

「古い木靴だな。おまけに、上のほうが取れちゃってるじゃないか! それも、お姫さまにあげるってのかい?」
「そうだよ」と、のろまのハンスが言いました。

 にいさんたちは笑いながら、どんどんウマを進めていきました。

試練の時

 こうして、だいぶ先へ行きました。
「オーイ、オーイ! ここだあ!」と、のろまのハンスがどなりました。

「いやどうも、今度は、だんだんひどくなったぞ。オーイ、オーイ! こいつぁあ、すげえ!」
「今度は、何を見つけたんだ?」と、ふたりの兄弟がたずねました。
「ああ!」と、のろまのハンスが言いました。

「言うほどのこたあねえ! お姫さま、どんなにうれしがるかしれねえ!」
「チェッ!」と、ふたりの兄弟は言いました。

「そりゃあ、どぶからり出してきた、どろんこじゃないか」
「うん、そうさ」と、のろまのハンスは言いました。

「それに、こりゃあ、いちばんじょうひんなもんよ。手に持ってるわけにもいかねえ」こう言って、ポケットに、ぎゅうぎゅうつめこみました。

試練の時 (ふたりの息子)

 しかし、にいさんたちは、できるだけ早くウマを走らせて、たっぷり一時間も先に、町の門のところへ着きました。

 見れば、そこには、お姫さまに結婚を申しこむ人たちが、着いた順に番号をもらって、ならんでいました。

 一列に六人ずつ、それこそも動かせないくらい、ぎっしりとならんでいるのでした。

 けれども、かえって、それでよかったのです。

 でないと、だれもかれも先になろうとして、おたがいに着物の背中を引きさきっこしていたかもしれませんからね。
 その国のほかの人たちは、みんな御殿のまわりに集まって、窓のほうを見上げていました。

 お姫さまが、結婚を申しこみにやってきた人たちをどんなふうにえるか、それを見物していたのです。

危機の時 (ふたりの息子)

 ところが、どうしたというのでしょう。

 結婚を申しこむ人たちは、お部屋の中へはいったとたん、きゅうに、なんにも話すことができなくなってしまうのです。
「なんの役にも立たないわ」と、お姫さまは言いました。

「おさがり!」
 いよいよ、辞書をそらでおぼえている、にいさんの番になりました。

絶望の時 (ふたりの息子)

 ところが、長いあいだ列の中にんでいたものですから、なにもかもきれいさっぱり、忘れてしまいました。

 それに、はぎしぎし鳴りますし、天井は鏡のガラスでつくられているので、自分の姿が、さかさまにうつって見えるしまつです。

 それから、どの窓のところにも、三人の書記と、ひとりの書記長がいて、ここで話すことを、一つのこらず書き取っていました。

 そして、すぐにそれが新聞にのって、町かどで二シリングで売られるのです。

 まったく、ろしいことではありませんか。

 しかも、ストーブの中では、火がかんかんに燃えていて、のところがまっかになっているのです!
「このお部屋は、じつに暑うございますね」と、このにいさんは言いました。
「それはね、おとうさまが、きょう、ひな鳥をお焼きになるからよ」と、お姫さまが言いました。
「ヒェー!」

 この男は、ぼんやり立ちつくしてしまいました。

 こんな返事をされようとは、思いもしなかったのです。

 もう、ひとことも言うことができません。

 だって、そうでしょう。

 自分では、なにか面白いことを言おうと思っていたのですもの。

 おや、おや!
「なんの役にも立たないわ」と、お姫さまが言いました。

「おさがり!」

 こうして、この男は、引きさがらなければなりませんでした。

絶望の時 (ふたりの息子)

 今度は、もうひとりのにいさんが、はいってきました。
「ここは、ひどく暑うございますね」と、その男は言いました。
「ええ、きょうはひな鳥を焼くのよ」と、お姫さまが言いました。
「な、な、なんですって?」と、その男が言いましたので、書記たちはみんな、な、な、なんですって、と、書きました。
「なんの役にも立たないわ」と、お姫さまは言いました。

「おさがり!」

危機の時

 とうとう、のろまのハンスの番がやってきました。

 ハンスはヤギの背中にまたがったまま、お部屋の中へはいってきました。

「こりゃあまあ、ひでえ暑さですね」と、ハンスが言いました。
「それはね、あたしがひな鳥を焼くからよ」と、お姫さまが言いました。
「そいつぁ、うめえこった!」と、のろまのハンスが言いました。

「じゃあ、このカラスも焼いてくれますかね?」
「ああ、いいわよ」と、お姫さまが言いました。

「だけど、焼くのに、なにか入れ物を持っておいでかい? あたしには、おなべも、フライパンもないのよ」
「なあに、ちゃんと持ってますだ」と、のろまのハンスが言いました。

「すずの手のついた、料理道具があるんでさ」

 こう言いながら、古い木靴を取り出して、カラスをそのまんなかに入れました。
「まあ、すばらしいお食事だわね!」と、お姫さまが言いました。

「でも、ソースはどうしたらいいの?」
「そいつなら、ポケットにありますよ」と、のろまのハンスが言いました。

「うんとあるから、ちったあ、むだにしたってかまいませんさ」そう言って、ポケットから、どろをすこしこぼしてみせました。
「いいわよ」と、お姫さまが言いました。

絶望の時

「あなたは返事ができるわ! それに、お話もできるから、あたし、あなたを夫にするわ! でもね、あなた、ごぞんじ? あたしたちが今までに言ったり、これから言う言葉は、ぜんぶ書き取られて、あしたの新聞にのるのよ。ごらんなさい、どの窓のところにも、書記が三人と、年とった書記長がひとりいるでしょう。ことに、あの書記長ったら、いちばんいやな人よ。だって、ひとの言うことなんか、なんにもわからないんだから!」

 こう言って、お姫さまはハンスをこわがらせようとしました。

 すると、書記たちはへんな声で笑って、床の上にインキのしみをつけてしまいました。

契機の時

「みんな、りっぱな人たちだ」と、のろまのハンスが言いました。

「じゃあ、おれも、書記長さんに、いちばんいいものをあげにゃあなるめえ!」

 こう言うと、ポケットをひっくりかえして、いきなり、書記長の顔にどろを投げつけました。

解決の時

「まあ、すてき!」と、お姫さまが言いました。

「とてもそんなこと、あたしにはできないわ! でも、そのうちに習いましょう」

 ――こうして、のろまのハンスは王さまになりました。

 お姫さまをおさまにして、王冠をかぶって、玉座についたのです。

エピローグ

 ただ、これは、書記長の新聞から見てきたことなんですよ。

 ――ですから、あんまりあてにはできませんがね。

解説

短い昔話の中では、かなりプロローグ部分が長いのが特徴の作品。

先に、主人公のライバルである兄達の紹介から入る導入部は、ちょっとオシャレだ。

満を持して登場する主人公は、典型的な「愚者」タイプの賢者キャラで、常識的にズレた感覚を持っているが、大局で見ると正しい行動を取っている。

ただ、大局的に正しい行動それ自体がかなりカオスなので、読み終わった後の納得感は少なく、不思議な読み心地になっている。

常識的に正しいと思われた行動を取っていた兄達がそれぞれ試練の時に紹介された特技で失敗した後で、主人公は試練の時に手に入れた物を使ってクライマックスの問題を強引に解決している。

構造的には正しいが、表現的に混沌としているわけだ。

「愚者」に見える賢者が活躍する物語で有名な作品で映画「フォレストガンプ」等があるが、比較すると発見があるかもしれない。

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