処理不能感情と感動に関する考察

どうして感情が動く時と動かない時があるのか?

感動とは、処理不能状態に陥った感情が溢れる事で起きると以前の記事で解説した。

今回は、特定の情報を受け取った際に考えられる感情処理のベクトルについて考察していく。

キーワードは「ゲーム」だ。

笑ってはいけないが笑っても良い状況

お笑い芸人の「ダウンタウン」さんが企画として得意とするジャンルで有名だろう。

「笑ってはいけないが笑っても良い状況」と共通認識が出来上がっている状態を、まずは紐解いていく。

0:正解の感情の流れを設定する

まず、重要になるのが、正解の感情の流れが予め設定されていて、それに同意がある事だ。

お笑いの企画では、ほぼ全ての物が「最後は、面白がって笑うのが正解」と言う風に、設定されている。

見ている方は、それを無意識に同意し、期待し、求める。

これは、状況が作られている場合は、あった方が良い。

しかし、この準備が無くても、感情が動く状況自体は発生しうる。

反対に、この準備を行っても、感情が動く状況が発生しない事もあり得る。

あくまでも、安心して決まった方向に感情を動かす為の、下準備となる。

これは、ゲームのルールを認識し、同意する事に近い。

サッカーで、ボールを相手チームのゴールに入れれば点数が入る事の理解が、サッカーを楽しむ上で必要な様に、感情を動かす事にも、どうすれば点数が入るのかのルールの理解があった方が良いと言える。

1:簡単に処理不能な情報を設定する

「笑い」で言えば、処理不能な情報とは、

  • 笑って良いが笑ってはいけない

みたいな状況によって、情報処理が出来ない状態に発生する。

この、矛盾した状態を発生させるのが、基本となる。

ゲームで言うと、これは、

  • 点数を取られても良いが、取られたらいけない

と言う状況になる。

例えば、サッカーでは、ゴールを一度決められても試合が終わらない。

だが、ボールをゴールに入れられる事は、避けるべきだと認識している。

つまり、サッカーのコート上でルールに沿ってゴール間を行ったり来たり翻弄されるボールは、そのまま感情の動きを表す事が出来る。

2:情報処理を出来ない納得感を設定する

  • 笑って良いが笑ってはいけない

と、ただ言われても、そこには実態が何もない。

実態を持たせるには、しっかりとした納得感を持てる設定を行う必要がある。

例えば、

  • 笑っても良いが、笑うと損をする

と言うのは、上記した様な「お笑い」の企画を始め、様々な所で見る事が出来る。

感情を程よく封じる根拠となるルールが必要と言う事だ。

  • 笑うと、ケツバットを食らう(痛い思いをする)
  • 笑うと、賞金が貰えない(欲しい物が手に入らない)

この様な、笑ってはいけない根拠が明白だと、笑うと損をするのが分かりつつ、同時に笑う事に対する危機感も大きくない状態に出来る。

この感情を処理させないルールは、極端に軽くても重くても、機能しなくなる。

  • 笑うと、痛く無い様にデコピンされる
  • 笑うと、死ぬ

みたいな設定では、感情発露が弱いか、絶対に発露が出来ない強すぎる緊張感が生まれる。

あくまでも「耐えられるが、確実に痛い」と言う、耐えられる痛みである必要がある。

痛くないのもダメだし、痛すぎるのもダメと言う事だ。

これは、

  • 耐えられる苦痛(怪我にならない暴力、等)
  • 出来れば欲しい物(賞品、賞金、等)

をチラつかせる様に設定すると、程よい「痛み」を設定出来る。

ここも、やはり、ゲームをイメージすると分かりやすい。

この「損」のステータスは、ゲーム的感覚で考えると良い。

ゲームで遊んでいて、相手の攻撃の強さを想像して欲しい。

  1. 攻撃されても死なない
  2. 数発耐えられるし、回復の余地があって、頑張ればクリアも出来そう
  3. 食らえば一撃で死ぬ

ジャンルは何でも良いが、それぞれゲームがあった時に、どれが一番面白そうかだ。

普通、2のゲームが、この中で一番、やっていて面白いのは、間違いない。

損をマネジメントする必要がある状況を作れば、感情を動かす面白さに近づく。

サッカーでは、相手チームによってゴールにボールを入れられた数が多いと負け、少ないと勝てる。

仮に、ボールをゴールに入れられても勝負を決する決定打に全然ならなければ、馬鹿らしい。

反対に、ゴールを決められたら即負けのルールでは、試合がすぐに終わってしまう。

コートの上でボールが翻弄される時間が長い事が重要なので、翻弄を引き起こさないのも、翻弄されるまでも無く簡単に終わるのも、処理不能な感情を生み出すのには適していない。

3:感動は、情報の衝突で生まれる。

笑いは攻撃で生まれる。

笑いを生むのは、受けたくないが受けても良い攻撃だ。

攻撃とは、情報の衝突である。

上で触れた「笑って良いが笑ってはいけない状況」は、しっかりと、その範疇にある。

この、攻撃とは、似たような攻撃のしあいでも、非対称性のある攻撃でも成立する。

ボケとツッコミは、非対称性のある攻撃のし合いと捉える事が出来る。

ゲームが面白いのは、攻撃をされたり、攻撃したり、攻撃しあう事が絶妙なバランスで出来るからだ。

サッカーは言わずもがな、RPGやアクション、シューティングゲームでは、攻撃によって数字をマネジメントする中で快感を感じるし、音ゲーの様なゲーム性でも迫りくるノーツを捉えられれば攻撃成功で外せば攻撃を受けると捉える事が出来る。

4:感動は、情報処理の失敗で生まれる。

笑いは、攻撃で生まれる。

同時に、笑いは失敗でも生まれる。

失敗とは、攻撃や防御の失敗だ。

例えば、ボケは、間違った事を言ったり、やる事によって相手を攻撃する。

間違っている時点で、既に失敗しているのに、攻撃でもある。

それをツッコミは、正論で打ち返す必要がある。

打ち返しが成功する時が、ツッコミの攻撃だ。

ボケに対して、ツッコミが決まると、ボケの攻撃が失敗した事で、笑いが起きる。

「笑ってはいけないシリーズ」の場合、ここに工夫がある。

ここで、ボケに対して、無視や受け流しをすると、ボケ殺しとなる。

だが、ここで正論で打ち返したいのに出来ないと、防御をし、我慢を強いられる事になる。

すると、処理不能な感情がたまっていき、いつか処理限界に達すると、笑ってはいけないのに笑ったり反応してしまう事で、ツッコミ側が失敗となる。

だから、思わず吹き出す姿を見ている方にも笑いが起きる。

感動しない時の情報処理

処理不能な感情が溢れる事で、感動が起きる。

つまり、処理不能な感情を、処理する手段を作ってしまう事で、感動を起こさない事が出来る。

みんなが面白がっている物が、なぜか面白く感じない何て経験、無いだろうか?

それは、みんなが処理不能な感情に対して、あなたは処理方法を確立してしまっているからだ。

上でも触れたが、無視や受け流しをすると、笑いは起きない。

処理不能な情報が溢れずに、一定の処理をした事になってしまうからだ。

他にも、大容量の処理不能な情報を詰め込める感情の入れ物をあらかじめ作っていると、その分野では感動しなくなる。

例えば「くだらない」「つまらない」「おもしろくない」と、予め、処理不能な感情を処理するマインドを持って見ていると、それを楽しむ事は出来ず、感動も起き辛くなる。

お笑いが嫌いな人は、お笑い番組を見ても面白く無いのは、受け取る情報が処理不能である事を楽しむのではなく、「この処理不能な情報は、ここに置く」と決めてしまっている場合が多い。

また、多くの人が処理不能と感じる情報に対して、一定の処理が出来てしまったり、感情が溢れるまでの処理不能感情の積載要領が多い場合もある。

例えば、映画を見て、面白いと感じる人と、面白くないと感じる人がいる。

面白いと感じる人は、劇中のキャラクターのやり取りが、一種のゲームに見えていて、その攻防を実際の応援しているチームが戦うスポーツ観戦の様に手に汗握り、応援して楽しめる。

一方で、面白くないと感じる人は、スポーツで言えば、劇中のキャラクターを、まるで興味の無い人がプレイしているゲームの対戦動画の様な作り物と感じたり、好きでもない人の下手なプレイを延々見せられて、見ていてイライラすると感じたり、そう言った創作側の想定とは別の情報処理が行われてしまう事で「おもんな」と感じてしまう。

観察時の感動には、感情移入や共感が不可欠

なので、映画やアニメ、漫画に感動できない人は、それを作り物と見て感動できない場合が非常に多い。

このハードルを乗り越える為には、リアリティを増やしたり、共感出来る共通点を入れ込んで行くのが有効だ。

例えば、ドキュメンタリーなら見れるリアル志向の人に、モニュメンタリ―を騙して見せれば、恐らく気付かずに感動してしまうだろう。

他に、どんなに下手な絵で作り物でも、その人を描いた作品だと、どうしたって気になってしまう。

だから「風刺」は、多くの人に突き刺さる。

見ている人を感動させる為には、とにかく感情移入や共感が出来る工夫が重要だ。

だから、多くの物語では、キャラクターが感情移入や共感が出来る様にデザインされている。

主観時の感動には、臨場感が不可欠

臨場感とは、その場で実際に体験しているかの様な感覚だ。

例えば、ゲームのプレイは、自分がプレイしている臨場感を感じる時にこそ、感動がある。

サッカーなら、ボールを蹴る時等の行動時に感情が動き、楽しい等と感じる。

コートの上にいるだけでは、感動し得ない。

行動をしても、そこにヒリヒリとした臨場感が無いと、感動しない。

コート上をアッチコッチボールを求めて走っていても、大きな感動は無い筈だ。

終わりに

今回は、狙って感情を溢れさせれば感動できる法則等の記事を、少しだけ掘り進んだ記事となった。

感情変化をゲーム的に考えると、かなり考えやすいのではないかと思ったが、人によっては別の記事の方が分かりやすいかもしれない。

何か、参考や気付きに繋がれば幸いだ。

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