あなたが物語を作る際、知っていると楽な気持ちになれる『問題解決』の基本

問題解決するには、これしかない

人が問題解決を目指す場合、出来る事は限られる。

今回は、問題解決の基本について解説する。

基本は、これしか無いのだから、分かっていれば問題解決の方向性に当たりを付ける事が出来る。

なので、闇雲に試行錯誤をするよりも、知っている分だけ楽な気持ちで挑めるだろう。

パターンを知れば、打ち手が分かる

問題解決を行動に移す際、それは、いくつかの決まりきったパターンで分ける事が出来る。

個別の具体的なパターンを並べると無限に細分化されるが、抽象的なレベルから具体度を上げていくと解決に辿り着く道はいくつかのパターンに限られる。

行動するか、任せるか

まずは問題を、自ら解決する事を試みて行動するか、放置して自分以外に任せるかがある。

物語の主人公の場合、一般的に魅力的な物語を目指すのであれば、行動一択と言える。

主人公の定義が、問題解決行動の中心人物と言う要件が入るので、主人公の役割を担わせた登場人物が行動しない場合、他の登場人物が行動してしまうと主人公の役割が行動キャラクターに移動してしまう。

行動をどの登場人物にもさせない場合は、物語が前に進まない。

よって、行動一択となるわけだ。

現実でも、行動した方が、解決の確立は高まる

だけど、現実の場合は、他人に任せて、問題を放置するとしても、それでも解決が見込める事は、十分にありえる。

それは、行動を任される他人が存在している場合と、時間や環境による自然解決が見込める場合だ。

つまり、個人的な問題であるほど、自ら行動しないと解決の見込みは薄くなると言う事でもある。

また、大勢に降りかかる大問題であるほど、大勢で問題解決に取り掛かる方が、早急な解決の見込みが大きくなる

個人的問題と環境的問題

個人的問題とは、人にチャンスやトラブルを切欠として降りかかる、解決しないと夢(問題解決の末に未来で手に入る希望や得、等)か財産(命、金、物、等)を失う問題だ。

個人の問題は、困る人が個人か、個人の関係者に限られる為、放置した場合に他の人が解決に乗り出してくれる可能性が極めて低い。

例えば、将来金持ちになりたい場合、何かを成し遂げる必要があるとすると、それを成し遂げるには自分でどうにか行動を起こすしかない。

認知していない財産が突然転がり込んだりするのを期待するのは、かなりリスキーだし、宝くじに当選する事を夢見るとしても自分で購入すると言う行動を最低限取る必要が出てくる。

一方で、環境的問題は、一定のルールや範囲、グループに公平にチャンスやトラブルが降りかかる。

個人と同じ様に、行動は必要だが、環境内に行動者がいると、他が行動を躊躇していても解決の可能性が出てくる。

例えば、ウィルスのパンデミックが起きて、大半の人は予防に注意する事しか出来なくても、治療薬、治療法、ワクチン等の開発と言う行動に出る少数がいれば、それで大勢が救われる事になる。

だが、これも、少数の行動者に任せれば良いと言う事では無く、同環境に所属する人の直接や関節の協力と言う行動がある方が、問題解決の成功率は高まる事になる。

この事から分かるのは、行動者がいないと、効率的な問題解決は出来ないと言う事と、個人的な問題よりは、環境的な問題の方が当事者が多い為に、解決の可能性が高まる可能性があると言う事だ。

なので、個人的に問題を抱えている場合は、その問題を環境的な問題に切り替える事が出来ると、一気に問題解決の協力者や、代わりに行動してくれる人が現れると言える。

例えば、成功を夢見ている場合は、個人よりも組織として夢を追った方が、当事者が多い分だけ成功率は高まる可能性がある。

もちろん、当事者意識が低かったり、行動をしない人ばかりの環境になると、一部の行動者に全員分の負担がかかると言う別の問題が発生する事になる事もある。

ちなみに、これは仕事をアウトソースしたり、任せたり、依頼したりするも含まれる。

例えば、探偵に依頼をするのは、行動の専門家を金で雇って、代わりに問題を解決してもらう列記とした手法である。

問題に対して、実働行動者が多いほど解決確率は上がるが……

会社や軍隊等の組織でイメージすると分かりやすいが、実際に行動する人が多い方が、問題の解決確率は上がる。

まず、個人的問題と環境的問題では、環境的問題の方が問題が基本的に大きくなる。

つまり、環境的問題の場合、放置をしても解決してくれる人がいる可能性があっても、個人的問題に比べて問題の難易度も高い為、少数での解決は困難となる。

そうなると、個人的問題は個人が問題解決に乗り出せば解決の可能性が確実に上げられるが、環境的問題は一人が動き出したぐらいでは問題解決の可能性はゼロでは無いが、到底不可能と言う事も多くなる。

なので、環境的問題でも、結局は他人任せにするのではなく、個人的問題と同じ様に行動する必要があると言える。

例えば、ウィルスの感染拡大を抑えたい時、予防行動を取る人が多い方が確実にウィルスへの対処は楽になるが、行動者が減っていくほどに感染拡大を抑える事の難易度が上がっていく。

あまりにも当たり前の事だが、全員が行動を起こせない事も考えての問題解決行動を、行動者は取る必要が出てくる。

他人任せなら、まだ良い方で、中には妨害する人が現れるのも分かるだろう。

こうして、問題の解決は、行動者と放任者と妨害者の、能力や割合によって、一定の成功や失敗に収束していく。

正攻法か、否か

いざ問題解決行動をする場合、そのスタイルによってパターンが分かれる。

正攻法か、それ以外か、そのどちらを選ぶかは重要な指標だ。

正攻法とは、既に体系化され、パターンが出来上がった行動パターンである。

例えば、強くなりたい場合、格闘技や武術を習うと言う行動は、正攻法と言えるだろう。

正攻法の行動の場合、個人でも環境でも、その能力値が非常に重要になってくる。

基本的に正攻法の行動は、正面衝突や数字でのぶつかり合いとなる。

強くなりたくて格闘技を習う場合、そこに劇的な即効性は無い。

いきなりやって強いのは、元々ある程度強い場合だけだ。

一方で、邪道や変化球、正攻法以外の行動とは、リスクがある代わりにリターンも大きい犯罪とか、正攻法では利用しない物を使っての攻略の様な行動になる。

邪道では、同じ邪道での正面衝突ではパワーゲームとなるが、それ以外では突出した部分でのみ勝負を仕掛ける事が出来るので、正攻法では解決できない事でも解決できる可能性が高まる。

例えば、SNSや動画配信等の炎上商法は、本来正攻法では集めるのが難しい注目を集める代わりに、悪評やイメージ低下、悪ければ逮捕などのリスクを許容する行動である。

あまり良いイメージを抱かないかもしれないが、成功を目指す場合に、邪道は十分効率的と言える。

例えば、現在は国や世界を代表する様な大企業と言われる会社でも、結構な割合で大きくなるために邪道を用いた企業が存在する。

邪道は邪道でも、犯罪ではない物も沢山存在するので、先入観で拒絶するのは選択肢を狭める事になるだろう。

ブルーオーシャン戦略、ニッチ戦略、こういった物は全体から見ると正攻法では無い戦略の中での正攻法と言える。

著作権のグレーゾーン戦略

違法漫画サイト、ファスト映画、クソラノベレビュー、ゲーム炎上動画、様々な著作権違反や、その疑いがあるwebコンテンツがネット上には溢れている。

グレーで許される物もあれば、真黒で逮捕者が出た物もある。

これらは、リスクとリターンをはかりにかけ、上手に使って知名度を伸ばしたり、稼ごうとしたり、一線を超えていると判断されて権利者によって消されたりした。

著作権違反自体は、褒められた物では無い。

違法漫画サイトやファスト映画に関しては、それぞれ業界に与えた痛手は計り知れず、赦される物では無い。

だが、邪道で上手に成功した手法の例として見ると、その効果はハッキリと見る事が出来る。

正攻法の場合は、オリジナルの漫画サイトや、オリジナルのショート映画を作る必要があったわけだが、そこを著作権違反と言う邪道も邪道に手を染め、結果的に彼らが本来は手に入れられなかった大金を稼いだ事実は、確かにあるのだ。

逮捕されたら元も子も無いが、こういうグレーな手法は、リスクはあるが正攻法よりも遥かに効率は良い。

例えば、ゲーム実況は、権利者に許可を取らない場合、権利者が削除申請を出せば削除できるが、黙認によって成り立っている。

成り立っているが、グレーだ。

同人誌も、同じだ。

ウマ娘が同人活動に制限がある事で話題になったが、認識していないだけで、実はどれもそういう物である。

その、いずれでも共通しているのは、正攻法で勝負すると言う事はオリジナルで勝負すると言う事だが、既に人気な物を利用すると言う邪道の方が効率が良いと言う事だ。

だから、グレーでも、時にブラックでも、著作権違反のギリギリを攻める。

違反したら褒められないが、権利者に黙認される範囲であれば、それは立派な戦略として成り立つ。

邪道から真になるか、転落するか

邪道の行動は、リスクが伴う。

正攻法でない事をすると、それを正そうとする力が働く。

犯罪に手を染めれば、法執行機関が追ってくる。

嘘をつけば、いつかはバレる。

ズルをすれば、伴わない実力のまま次のステップを踏まされる。

そう言った時、道は限られる。

邪道でスタートしたが、間違いを正して正攻法や、別の邪道にシフトする。

あるいは、行ける所まで行って、破滅する。

または、邪道に邪道を重ねて逃げ続ける。

どれかしかない。

邪道から正道にシフトするには、罪を犯しているなら清算する必要がある。

つまり、清算不能だったり、とても支払いきれない場合は、逃げ続けるか破滅しか残っていない事になる。

クリーンな邪道

既に人気がある著作物を、正当な報酬を払って使わせて貰うのは、クリーンな邪道と言える。

例えば、ゲーム会社のディライトワークスが成功を収めた「Fate/Grand Order」は、人気コンテンツであるFateシリーズのIPを使うからこその、驚異的な人気を獲得するに至ったと言える。

他に、ひろゆきさんやメンタリストのDaiGoさん、YouTuberやVTuberの「切り抜き動画」は、既にある人気や知名度を利用出来る点で、無名の人でも成功しやすい仕組みがある。

正攻法は、スタートダッシュこそ遅いが……

邪道をリスクを管理して使う方が絶対に良いのかと言うと、別に、そういう訳でも無い。

もちろん、選択肢としてはあるが、正攻法がダメと言う訳では決してない。

正攻法は、能力値が物を言う。

なので、基本スペックが高い人なら、十分に戦える事になる。

基本スペックが低い場合は、どれだけ能力を高め、底上げできるかにかかっている。

日々の練習、良い道具、素晴らしい師匠、そう言った物が揃って、実直に実力を高められれば問題解決に辿り着くのは不可能ではない。

邪道に比べて、立ち上がりは遅いかもしれない。

だが、既に積み重ねている場合、正攻法でも十分に問題を乗り越える事は出来る。

その場合、リスクを考える必要が無い分、正々堂々と日向を歩ける点で、魅力的だろう。

問題は、能力が先行者に比べて劣っているなら、選んでも勝ち目は無い。

その時は、邪道を選ぶ勇気を持とう。

終わりに

  • 行動の有無(行動、放任、妨害)
  • 問題の大きさ(個人、環境)
  • 正攻法か否か(正攻法、邪道)

問題解決の基本パターンは、これらの組み合わせで最適な物が決まって来ると言う物でした。

本人の能力が低かったり、能力を高める時間が無い場合、他人に任せるかグレーや邪道を選ぶ方が解決率が高くなります。

能力が高いなら、自分で解決行動を取った方が手っ取り早いです。

邪道は、やり過ぎると破滅しか待っていないので、使う場合はリスクのコントロールをして、正道に切り替える事まで意識出来ると、後で幸せになれる余地が残されます。

ハイスペックな人であれば「行動、環境、正攻法」が成立します。

スーパーヒーローや、極一部の天才ですね。

部分的に有能な場合は「行動、個人、邪道」で、成功を手に入れてから、正攻法にシフトするのが、時間的に最短で成功をモノに出来ますが、途中で正攻法に切り替える事が必要になります。

正攻法に切り替える時に痛みが発生しますが、それは必要コストですね。

個人で問題解決行動が取れない場合は、環境の問題にしたり、誰かに依頼する事で解決が見込めます。

物語創作でも現実でも、参考になれば幸いです。

余談:グレーなスタートをした企業やサービス、偉人

あの人も、あの会社も、やらかしてると考えるとグレーゾーンに踏み出す勇気、湧かない?

(犯罪や法律違反を推奨している訳では無い。あくまでも、物語創作でね)

トーマス・エジソン

言わずと知れた発明王。

だが実は、改良発明や盗作疑惑も多く、伝記で描かれるよりも、かなり破天荒な人物だったと言われている。

吉本興業、等

吉本興業に限らないが、芸能事務所は、いわゆるヤクザ、反社のフロント企業スタートと言われている所が結構ある。

現在の吉本興業は、島田紳助さんの暴力団交際問題や、宮迫博之さんの反社への闇営業問題等、厳しい姿勢を取っている。

美空ひばりさんが反社組織と関係があった事が問題となったのは、有名な話。

Apple

MacintoshやiPhoneで有名な世界的企業、Apple。

最初、当時まだ高校生だったスティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックは、雑誌の記事を見て、伝説のハッカー「キャプテン・クランチ」ことジョン・T・ドレイパーに連絡を取って技術の詳細を教えてもらい、ブルーボックス(長距離電話のタダ掛けツール)のコピー品を作成し、大学の寮で売りさばいたのが初仕事だったとか。

ジョブズは、グレーやブラックな逸話に事欠かない。

Microsoft

ビル・ゲイツも、現在では慈善事業家として有名だが、若い頃は破天荒だった。

ソースコードを求めてゴミ箱をあさったり、無料でコンピュータを使おうとしてハッキングを行った学生時代の話は有名だ。

基本OSのWindowsは、当時シアトル・コンピュータ・プロダクツから7万5000ドルで手に入れたCP/M互換OSの86-DOSをIBM PC用に改良し、PC-DOSとし、さらにMS-DOSという名前で他のパーソナルコンピュータにもライセンスで供給することにより、基礎を作った。

2ちゃんねる

誹謗中傷や名誉毀損、第三者の個人情報、著作物の無断転載、薬物の密売情報などが書き込まれた際に必要十分な対処がされないことが多く、管理人(当時)のひろゆきに対する民事訴訟が後を絶たなかった。

Wikipedia引用

と、良く言えば自由な環境を提供する事で、大きく利用者を伸ばした側面がある。

DMM

今も、アダルトコンテンツ配信大手として有名なDMM。

レンタルビデオ店から始まり、アダルトビデオ販売で業績を伸ばしたと言われている。

アダルトコンテンツ自体は合法だが、一般的な業界に進出するのに一定のハードルが出来る事がある。

エロ漫画出身の一般漫画家もそうだし、「Fate」や「なのは」等のコンテンツも元はR18コンテンツが源流にある意味では、近いだろう。

Facebook

ハーバード大学の学生だったマーク・ザッカーバーグはハッキングをして得た女子学生の身分証明写真をインターネット上に公開し、公開した女子学生の顔を比べて勝ち抜き投票させる「フェイスマッシュ」というゲームを考案した。これは大学内で問題になり、ザッカーバーグはハーバード大学の半年間の保護観察処分を受けるに至った。

Wikipedia引用

更に、Facebookに繋がるアイディア自体、クラスメートが作ろうとしていた「ConnectU(コネクトユー)」と言うウェブサイトから無断で流用した物と言う疑惑がもたれ、実際に裁判となっていて、その事件を題材に映画も作られている。

YouTube

一時は、過激動画、ヘイトスピーチ、著作権違反コンテンツが氾濫する事で利用者数が伸びた側面がある。

近年では不適切コンテンツに対する制限が行われているが、違反者とのイタチごっこが続いている状態。

ニコニコ動画

「歌ってみた」や「MAD」等の文化は、著作権的に見るとグレーやブラックが多いが、そう言ったコンテンツによって伸びた背景がある。

LINE

メッセージアプリで日本では圧倒的なシェアを誇るLINEですが、勝手に電話帳やSNSの連絡先のデータを引っこ抜く事で、メッセージアプリとしての利便性を高める事で、今の地位を確立しました。

サービス開始当初は、連絡先を勝手に抜く事が問題になりましたが、今では「そういう物」として定着。

bilibili

初音ミクの名前にあやかった「Mikufans」から始まり、後に中国でも人気が高かった御坂美琴の愛称ビリビリにあやかった「bilibili」。

ニコニコ動画をそのまま中国で展開した様なサービスだが、勢いがある。

余談2:ブラックでさえない、マイナスベクトルの行動について

ホワイトでもグレーでもブラックでも、行動は基本的に自身の幸せに向かって行われます。

ですが、幸せでは無く、破滅に向かう行動も、この世界には存在します。

例えば、もう失う物が何もない、通称「無敵の人」が、自殺したり、事件やテロを起こすのは、マイナスの行動と言えるでしょう。

自身の問題を解決する事よりも、自身の問題を動機に周囲への妨害行動を自身で選び、個人的問題を環境的問題に広げ、解決行動者になる事を他人に強要。

その行動は、とても破滅的です。

そこから推測できるのは、正攻法の問題解決行動を取るモチベーションがマイナスに転じる状況に陥ると、自身の問題を行動で解決しようとはせず、別の所で思わぬ行動力を発揮すると言う事です。

問題解決行動は、より良い状態を獲得する為や、持っている大事な物を守る為が、基本です。

ですが、何も持っていないとか、負債しか残っていない場合、問題解決行動をしても、相当ハイスペックな人以外は、焼け石に水の状態になります。

相当ハイスペックな人は、そもそもそんな状態にならない事の方が多いので、無敵の人の大半は、個人では、どうする事も出来ません。

すると、マイナスに転じている状態に対して、一貫性のある方向に伸ばそうとする力が働こうとします。

壊れかけている物を、修理する能力があれば人は直そうとします。

ですが、壊れかけている物を修理する能力が無いなら、とどめの一撃を加えて完全に壊したくなる事もあるわけです。

なので、事件が起きる前に、この様な状態に陥った人の人生を修理可能状態でキープするセーフティネットが正常機能した社会環境が無いと、こう言った事件は起き続けます。

「自助」や「自責」が出来る人ばかりの理想的な社会なら問題ありませんが、普通に考えて当たり前の話として、そんなわけがありません。

自助や自責を考える事も必要な部分はあるかも知れません。

ですが、無敵の人に一線を超えさせない為には、社会全体が「他助」を意識し、「他責」も存在する事を認め、それを前提とした社会環境を作る必要が、現実的には、あります。

個人が自身の抱える問題への、解決する為の行動を取る事に意味を感じられないとか、不可能に思える様な社会になると、その状態は時間が経つだけ更に悪化していきます。

無敵の人が事件を起こすのは、ある意味で文化・文明病と言える側面があるわけです。

他にも、自殺も行動のベクトルとしては似た様な物です。

毎年、2~30000人が自殺する、世界的に見ると結構な自殺大国である日本は、どこかで国の舵取りを変えないと、これから先も不幸な人を生み出し続ける事になるのは、明らかでしょう。

フィクションで描く際は、社会や人生のバックグラウンドをしっかり描き、マイナスに転じた経緯の裏付けによって、リアリティを持って描写出来ます。

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