【教える人が】人に学ばせる為に教師が気を付けるべき21の事【するべき事】

学びに導く為にする事、しない事

学校の先生か、子供の保護者か、会社で新人教育を任されたか、とにかく、あなたは誰かに物を教えないといけなくなったとする。

頭ごなしに無理やり教えた所で、反発されるのが関の山だ。

教えやすい生徒ばかりではないが、時に教師は生徒を選べない。

教える立場、仕事について、上手く行かない人に向けて、ちょっとした「教えるコツ」を伝えたい。

★やるべき事

まずは、教える際にやるべき事だ。

既知と紐付ける

教える事は、出来るだけ生徒の既知と紐付けて教える事が望ましい。

プログラムを教える時に、ゲーム好きの生徒なら「このゲームは、こんなプログラムで動いている」と教えるだけで、印象は大きく変わる。

有名映画では、こんな手法が使われているよ、とかね。

動機と紐付ける

教わる事をマスターすると、

  • 何が出来る様になる
  • どんな良い事がある
  • 何に繋がる

をハッキリさせる。

漠然と「プログラムを習いたい」で動くよりも、「ゲームを作りたいからプログラムを習いたい」と言う人の方が、習得確率は高まる。

このモチベーション管理は、子供も大人も関係無く、非常に重要となる。

ダメな教師役ほど「いいから覚えろ」と疎かにするポイントでもある。

やりたい事、欲しい結果を実現する為に人は学ぶのだから、そこを無視するのは教えた事を活かす気が無いのと同じだ。

教えた事が役に立たないのなら、教える意味が無い。

既知で例える

難しい、分かりにくい、初めて触れる、等の内容や概念は、生徒の既知の物で例えると分かりやすくなる。

例えばプログラムなら、コンピュータを異国の人と例えて「コンピュータ人が理解出来る言語で話しかけるから、コンピュータ人はプログラム言語の通りに動いてくれる」と言う等すると、外国人と外国語と言う概念が既知の生徒には、多少分かりやすくなる。

コンサルで、物語の構造を伝える時は、相手が確実に知っているであろう有名作品で例える事で理解を促すのは、常套手段だ。

これは、かなり使える。

必要最低限から教える

いきなり全部を覚えるのは、骨が折れる。

例えば、サッカーなら「手を使わず、足だけで敵チームのゴールにボールを入れる。キーパーだけは手を使える」みたいに、最低限のルールだけを最初に教えるのが良い。

いきなり、オフサイドとかファールみたいな細かいルールまで教えようとすると、一気に難度が高い印象を与える。

細かいルールは、必要に応じて徐々に覚えれば良い。

いきなりストーリーパラダイムを丸暗記させたりするよりも、起承転結や3幕構成の大枠だけを覚えて、徐々にパラダイムを充実させた方がスンナリ入ってくる筈だ。

習得した先にある楽しい経験を先にさせる

例えば、サッカーを教えたい時、パスやドリブルを完全マスターしないと試合に出さない様な教え方では、選手は育ちようが無い。

最低限のルールを把握したら、まずは楽しく試合をする事が先決だ。

これは、何でも同じ事だ。

プログラムなら、まずはブロック崩しでも何でも良いから、簡単に作れるゲームを作り、それを改良して楽しい経験を先にさせるべきだ。

数学なら、数式を使って出来る楽しい事を先に経験させよう。

数学者の秋山仁教授は数学普及の為に、マジックショウをやったり魅力を語っている。

完全習得を急がず、習得で得られる快感を先に感じさせて、快感に繋がる習得を欲する様にしよう。

創作なら、好き勝手に物語を書いてから、至らなかった部分を直して完成させた方が、順繰りで窮屈に作っていくよりも早く楽しい・面白いと言う経験が出来る。

段階を踏ませる

いきなり、めちゃくちゃ難しい事はさせない。

算数なら、足し算、引き算、掛け算、割り算と積み重ねていって、その先に複雑な数学が待っているのが一般的だ。

何を教えるにしても、その原則は変わらない。

絵を描く事を教えるなら、簡単で好きなモチーフから。

言葉を教えるなら、簡単で身近な単語から。

そこから徐々にステップアップする方が、効率的となる。

もちろん、先に動機があって「やりたい事」がハッキリしているなら、その為に必要な事から順に学ぶのはアリだ。

1から順に必ず学ぶ必要は無い。

ストーリーやエピソードで記憶に残す

物語仕立てや、印象的なエピソードによって教えるのは、とても効果的な手法だ。

算数や数学の問題で、Aで無く、A君、たかし君、等と計算に必要が無い情報が添加されるのは、物語仕立てにした方が考えやすく、覚えやすくもあるからだ。

ストーリーパラダイムを学ぶなら、神話やスターウォーズ等の名作の内容から記憶に残して、パラダイムにディテールを持たせる方が覚えやすい。

「ドロイドが物語が動き出す切欠で、メンターはオビワン、アライズはハン・ソロかぁ」とかね。

情報同士を繋げる

歴史なら、年号と起きた事を暗記で覚えるより、その時に何があったから、どうして、なぜ、誰が、等と言った部分まで繋がりを持って教えた方が、遥かに記憶に残る。

教える事で、単体のみの情報は、ほとんど存在しない筈だ。

体系的、時系列的、何かしらの繋がりが必ずあり、ピタゴラ装置の様に機能している事を教える側が意識して教えられると、生徒の中には物語が生まれる。

「WW2でロケットと核爆弾が発明されて、その流れで冷戦では宇宙開発としてロケットと核爆弾を合わせた大陸間弾道ミサイルが作られて」とか「戦争で暗号が発達して、暗号解読の為にコンピュータが、高速通信の為にインターネットが作られて」とか、関連が分かると単体の情報よりも覚えやすい。

ルールや原則は、法則性や理由も教える

教える際は、そのルールや原則を教えつつ、その理由も併せて教える事で理解が深まる。

「ルールはルールだから」「昔からそうだから」とは、説明では無いし、理由にならない。

必ず、そうなった理由が存在し、ルールや原則を守る事によって得られるプラスや、避けているマイナス、歴史的背景がある。

例えば「バスケットボールは、ゴールが元々バスケットだった」とかは、歴史的な理由だ。

算数の九九は、法則性が分かると暗記では出来ない応用が出来る様になる。

もちろん、何でも理由の説明が出来るわけでも、それが役立つわけでも無いが、出来れば疑問は減り、理解が深まるのも間違い無い。

分解して単純化する

何でも、分解する事で単純にする事が出来る。

例えば、自転車の乗り方であれば「サドルに座る、ハンドルを手で操作する、左右のバランスを取る、ペダルに足をかける、ペダルを左右の足で左右交互に踏む」等々の要素に分解できる。

自転車の乗り方の練習であれば、ペダルを外して「サドルに座る、ハンドルの維持、左右でバランスを取る」だけを学ぶために、ペダルをこぐ代わりに地面を蹴る練習は有効に機能する。

やる事が減ると、それ以外の要素をマスターするのに集中できて、習得後にペダルを余裕をもって漕げる様になってから漕いだ方が、自転車に乗れるまでの道のりは近道となる。

他に、人の絵を描く際、人一人を描くよりも「顔」や「目」のみを描く方が、簡単だ。

描けるようになってから、別の描けない部位も習得して、統合できれば人一人をやがて描ける様になっていく。

ストーリーパラダイムも、全体よりアクトやシーン単品で覚えた方が単純で深く理解出来る事がある。

上記した繋げるは単純な要素に、分解するは複雑な要素に使うと効果を発揮する。

人に対して教えさせる

ある程度学ばせたら、それを生徒に説明させるのは、とても役に立つ。

理解度を測定できるし、説明する際に頭の整理にもなる。

教えられない部分は、頭では理解出来ていないと言う事だ。

人によっては感覚の習得のみで言葉で説明できなくとも出来る事もある。

だが、人に教えられる理解度の獲得で、損は無い。

ただ、向き不向きはあるだろう。

★さけるべき事

ここからは、教える際に避けるべき事に触れていく。

動機不全

動機が無い状態での勉強や、習得は、マスターした先に何も無いので、役に立たない知識の詰め込み作業となる危険がある。

日本の学校教育の何割かは、大人になってから使わない状態に陥るのは、これが大きな原因となる。

その場しのぎの暗記

その場をしのげれば良いだけなら、それでも別に構わない。

だが、健全な学びに、ただの「暗記」は、驚くほど少ない。

テストを解くための「暗記」は、そのテストでしか役に立たない。

「暗記する対象」は、必ず何かの体系や時系列の一部で、単体だけでは意味が薄い事の方が普通だ。

過度な反復による刷り込み

心を殺して、無心で繰り返して覚えるのは、健全ではない。

反復の旨味は、筋肉を鍛えたり、行動の細部を修正する事にある。

例えば、バッティング練習は、バッティングのフォームをより良い状態に矯正しつつ、バッティングに使う筋肉を鍛えるのに役立つ。

だが、フォームの改善を考えず、筋肉を傷めつける様な反復で、教えているつもりになっている教育者も結構いる。

どちらが上達するのに有利かは、考えるまでも無い。

漢字を繰り返し書いて提出する練習ノートも同じだ。

美文字を目指したり、早く正確に書く練習なら意味があるかも知れないが、列を埋めるだけの練習には意味など無い。

これは、生徒に練習する際の姿勢を、意識させる事も重要となってくると言う事だ。

分からない事のスキップ

上記したが、大抵の事は、体系化する事が出来る。

体系化した際、難易度が高い事は、その一個前の物を習得している事を前提とした難易度となっている。

水泳のクロールで「手の動き、足の動き、息継ぎ」を統合した泳ぎ方と考えた時、クロールの前には「手、足、息継ぎ」のどれかを抜いた泳ぎ方が存在する。

その前には、更に一つ抜いた行動に単純化されるのは分かるだろう。

そうなった時、教える際は、「手の動き」だけ、「バタ足」だけ、「息継ぎ」だけと教え、それを徐々に統合してクロールとして完成を見る。

仮に、手の動きと息継ぎが上手に出来ないとか、組み合わせて出来ない状態で、クロールの完成に進んでしまうと、クロールになっているが息継ぎが下手とか、クロールっぽいが手の動きが変みたいな事になる。

分からない事はスキップしないで、分からなくなる所まで戻って習得してから進む方が、学びの土台が強固となる。

分かったつもり

分かったと、実際に出来るは別物である。

教科書や本(あるいは、このブログ等)を読んだり、動画を見て学んだ直後は、書いてある事や言っている事の意味が分かる事で、まるで分かった様な気分になるだろう。

だが、理解出来るのと、実際に行動に移せるのは、かなり違う。

既に出来る様になった人が簡単そうにやっているのを見ると、簡単そうに見える物だが、実際に行動をしないと、習得具合を計る事が出来ない。

例えば、音ゲーをプレイしている人をゲームセンターで見ていると、もしかしたら自分でも出来そうと見える事があるだろう。

しかし実際は、それなりに練習しないと、初めての動きや考え方には身体も頭も付いていかず、出来た部分はあったが難しい所では全然ダメだったと言った事になりがちだ。

数学でも、公式を覚えれば使える気がするが、実際に計算を経験するまでは習得完了は疑うべきだ。

分からない事が聞けない

分からない事は、分かっている人に聞こう。

聞くには、聞ける関係と、聞く勇気が必要となる。

恥ずかしがったり怖がって聞けないなら、別の方法で分かる様になる必要が出てくる。

そうしないと、いつまでも分からないままだ。

分からない事を調べない

分からない事を分からないままにするのは、個人の自由だ。

だが、必要としているのに分からないままにして困るのは、頭が良いとは言えない。

本やインターネットによって情報が溢れた現代では、調べ方が正しければ、かなりの情報まで調べ出す事が出来る。

調べ物には、大抵コツがあり、情報を見分ける能力が無いと嘘に踊らされる事があるので、その点では注意も必要だ。

分からない状態での伝授

分かっていない事は、分からないなりにしか教わる事が出来ない。

それでも構わない事も多いが、その場合は、教師が完璧でない事を理解して師事する姿勢が必要になる。

解明し、体系化が済んでいる様な物事を教わる場合は、それを理解した人に教わった方が確実な習得が見込める。

同時に複数の事に挑む

学ぶ時は、出来るだけ単純化した状態での習得の方が、楽だ。

例えば、異国の言葉の問題文で数学の問題を解くよりは、母国語の問題文で数学の問題を解く方が簡単だ。

どちらも学ぶ必要があるなら、一度に片方ずつ攻略して、結果的に両方出来る状態に持って行った方が良い。

★使い方次第な事

動機不純

動機は、時に歪んでいても行動の起爆剤として使える。

ご褒美が欲しくてでも、動機不全でモチベーションがゼロに比べれば全然マシだ。

終わりに

教え方の解説でした。

教わる側も、教える側も、共に認識していると楽や幸せになれる要素ばかりだと思います。

この記事が、教育を良くする助けになれば幸いです。

教師役のキャラが主人公の物語を描く際も、役立つかもね。

※この記事は、もしかしたら追記・編集するかもしれません。

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