「余裕」を作る事が人を豊かにすると言う話

余裕無くして、何も出来ない

人は余裕があって初めて文化的に生きられる。

生きる事で精一杯の状態では、生きる以外の事にリソースがさけない。

よって「余裕」を作る事に繋がる活動は、ソリューション(問題解決法)の中で、かなり重要な「そもそも」の要素となってくる。

今回は、それを歴史と文明、そして個人と言った切り口で簡単に語る。

余裕がある文明が発展する

歴史を見ると、人類史は常に、環境内の「何」に「余裕」があるかによって、発展度合いが変わっている。

例えば、急速な発展をする文明になるには、

  • 生存できる気候、自然環境
  • 行き渡る食べ物と水
  • 文明レベルに合った資源
  • 人数

と言った要素に、余裕出来る必要があった。

環境が生存に厳しすぎると、余裕は大幅に減る。

砂漠や凍土では、それだけで余裕が無い。

環境が厳しいと、自然と食べ物や水の確保も難しくなる。

だが、それらが整っていても、文明発展に必要な資源に余裕が無いと、文明レベルは発展しない事もある。

そして、それらが整っても人口を増やす事に寄与しない場合も、文明レベルでの人的リソースに余裕が無く、さけない。

つまり、文明レベルの余裕は、

  • 熱すぎず、寒すぎず
  • 農業に適した植物と家畜、水が豊富で
  • 木、石、鉄、等が手に入り
  • 人口増加の流れに乗り、役割分担が可能

と言う状態で、あると言える。

余裕を手に入れた文明が発展し、どれかが欠けた余裕が無い文明は発展が遅れたり停滞した結果、今の世界が出来ている。

この余裕は時代でも変わり、上記した農業革命によって食べ物の量と人口が飛躍的に増えた事で余裕が出来て文明が出来た後にも、産業革命やIT革命等によって、人類は余裕が増えたし、環境毎の余裕も基準が変化した。

産業革命以前は、木や金属、石と言った物が重要な資源だったが、以降は石炭や石油と言った効率的に動力に変換出来るエネルギー資源が重要になり、土地に埋蔵している地域では余裕が大きくなった。

動力が一般的になると、汽車、自動車、飛行機と言った物が登場し、輸送方法が劇的に変化し、文明には更なる余裕が出来た。

発明品が次々生まれて文明レベルが発展すると、あらゆる時間的、空間的、技術的な余裕が増える。

余裕を生む出来事が、更なる余裕を生み、余裕を使って新たな革命が起きる。

新しい余裕とは遊びから生まれる

余裕とは、遊べる事である。

新しい余裕は、遊びの中から生まれる。

農業革命は、狩猟採集に明け暮れる人々の中で、種を植えて育てる遊びをする余裕がある者がいなければ生まれなかっただろう。

種で遊ぶ者に「下らないから狩りにいけ、採取にいけ」と周囲が余裕無く言っていたら、今も人は洞窟に住んでいる。

以降の革命も、遊ぶ余裕がある人がいて、それを支える余裕があるから起きた。

遊びが文明に革命を起こす切欠となった時、最も上手く遊んでいた人が最も大きな余裕を手に入れる。

余裕を生む遊びは、研究かもしれないし、本当に遊びかもしれない。

通信機、ロケット、コンピュータ、インターネット、AI、みたいな物もあれば、スポーツ、ゲーム、エンタメ、そう言った物もある。

大事なのは、一見無駄に見えるとしても、新しい遊びを考えられる遊べる環境を確保する事である。

遊びの無い文明は、停滞し、衰退するしかない。

発展するには、思い切り遊ぶ必要がある。

個人と余裕

文明と同じで、個人にも余裕が必要だ。

資本主義社会では、金銭的な余裕が無いと様々な事が制限され、遊ぶこともままならない。

余裕があると、人は遊ぶ。

遊べる人が増えると、そこには新しい文化が生まれる。

最近では、プロゲーマー、ゲーム実況、配信、等の遊びから始まった文化が社会に溶け込み、遊んできた人は新しい余裕を得ていると言えるだろう。

余裕が無いと人は遊べない。

だが、面白い事に、余裕があっても人は遊ぶとは限らないし、余裕が少なくても少ない余裕の中で遊ぼうとする。

つまり、余裕が無いと話にならないが、余裕があるだけでは遊ぶに至らない事があるという事だ。

遊ぶには、遊びに興味を持つ必要がある。

余裕が無ければ興味を持つ事が出来ないので、遊びに興味が持てない人は、余裕が足りない。

余裕があると「やってみたい」と言う興味が、何かしら湧く。

興味が何にも湧かない場合は、余裕が無さすぎる。

逆に、強烈な興味が湧けば、少ない余裕でも、どうにか遊ぼうと人は動ける。

興味を感じるセンサーが正常に働いているか否かは、遊ぶためには大事な指標だ。

個人が余裕を持つ工夫

個人で、余裕が無い場合、どうすれば余裕が持てるだろうか。

それは文明と基本、同じだ。

  • 生存できる気候、自然環境
  • 行き渡る食べ物と水
  • 文明レベルに合った資源
  • 人数

これだけの物が文明では必要だった。

言い換えると、

  • 居心地が良い、悪くない環境
  • 生存に困らない資源
  • 遊ぶ、研究する為に必要な資源
  • 協力的、邪魔をしない周囲

を、満たしていく必要がある。

環境に問題があると、余裕とか遊びどころの話では無い。

熱すぎる、寒すぎる、それだけで人はパフォーマンスが落ちる。

暗すぎても、明るすぎても、駄目だ。

安全が確保されていないと、遊んでられない。

戦争や紛争の中で遊ぶ余裕を持つのは、かなり強いメンタルが必要になるだろう。

生存に困らない資源は、食べ物や住処、必要なインフラと、それを確保できる状態だ。

毎月10万円で全てを確保出来るなら、それだけ稼げれば以降は余裕となる。

毎月100万円必要なら、それだけ確保しないと余裕は生まれない。

仮に金が無くとも、家庭菜園で確保出来たり、誰かに養ってもらっている状態なら、余裕を持てる。

遊んだり研究する為の資源は、それが無い事には、余裕があっても取り組む事がままならない。

ゲームをするなら、ゲームが出来る環境を整える事が必須だ。

サッカーしたいのにサッカーボールが無かったら困り物だろう。

協力者や邪魔をしない周囲は、余裕を持つ上でとても重要だ。

あなたがどんなに稼ぎ、余裕があっても、遊ぶのが上手でも、それを邪魔されては、かなわない。

遊びとは、余裕がある状態で、遊びの範疇の中で自由にさせて貰える事で、ようやく遊べる。

遊び自体を邪魔されては、正常に遊べない。

以上の要素で、足りない物を満たす工夫をする事で、人は余裕を持てて、遊びに興じる事が出来るようになる。

どれかが欠けているだけで、一気に余裕が無く思え、遊びにくいか、遊ぶ気にならないだろう。

人は、余裕があって、遊びを有効に使えると、幸せを感じる

人は、幸せを追い求める生き物だ。

究極的には、幸せになる為に生きていると言っても過言ではない。

幸せが見えないと、人は壊れてしまう。

幸せを手に入れるには、遊びの部分を有効に使う必要がある。

例えば、子育てで幸せを感じるのは、どんな時だろうか?

必死に世話をしている時以上に、子供をあやし遊び、それが上手くいっている時にこそ、幸せを感じるだろう。

仕事では、通常業務を淡々とこなすよりも、自分の手柄や活躍、貢献を体感出来る状況の方が幸せを感じる筈だ。

他の何でもそうだが、この幸せを感じる瞬間とは、遊びの部分で、上手く行った時に弾ける。

創作なら、自分の裁量で考え作ったアイディアが評価されたり、上手に出来た事が体感出来たり、褒められたりした時に、きっと幸せを噛み締めるだろう。

大事なのは、遊びだ。

そして、遊ぶには、様々な余裕が不可欠だ。

余裕が無いと、遊べない。

遊びの無い社会は、面白くない。

だから、余裕が文明にも個人にも必要なのだ。

終わりに

余裕が無い人は、まず、何としても余裕を手に入れよう。

余裕があるだけで、人生は大幅に優位となる。

親、家、その他初期環境ガチャは、初期値の余裕が圧倒的にある事で、人生を優位にするものだ。

つまり、余裕さえ後でも確保出来れば、十分に人生は戦えると言える。

大事なのは、どうやって余裕を確保するかだ。

人によっては、何一つ余裕が無い何て状態の人もいるかもしれない。

その場合は、変えるべきは、まず環境だ。

環境を変える事は、とても面倒で恐ろしいが、勇気を出して環境を大幅に良い方に変えられれば、余裕を持つ切欠とする事が出来る場合がある。

また、現代社会では、まだ大金を稼ぐ事で大きな余裕を持つ事が出来るので、大金では幸せになれないが、幸せになる余裕を手に入れる為に大金を稼ぐと言うのは、結構理にかなっているのかもしれない。

逆に、環境も稼ぎも変えずとも、どんな方法でも余裕を確保する事さえ出来れば、遊ぶ事が出来る。

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