「世界自体のリセット・一巡をめぐる戦い」系作品特集

ferris wheel in city

もう一度最初から

自然の作り出す生態系は、驚くほどよく出来た循環システムを持っている。

個体単位の生物で見ると始まりと終わりがあるが、環境で見ると食べたり食べられたりを繰り返し生命の環はどこまでも繋がり、水は川を流れ海に溜まり雲となって大地に降り再び川を流れる。

自然的循環構造は宗教にも取り入れられ、輪廻転生と言った概念が広く世界で知られている。

ミクロで見ても、マクロに宇宙単位で見ても、循環構造の相似性はフラクタル構造の様に存在し、それこそが長く永続的な世界を保つ真理と言えるだろう。

だが、この循環は、どこかで途切れる、あるいは途切れた様に見える事がある。

しかしそれも、より外側、よりマクロな視点で見ると、生物の生死と同じ様な一時的な物なのかもしれない。

そう考えた時、宇宙に終わりが来た時、世界はどうなるのだろうかと言う疑問に、一つの仮説が立つ。

人が認識できていないマクロな視点では、宇宙さえ循環システムの一部に過ぎないかもしれないと言う仮説だ。

もしそうなら、世界が終わって次の世界や、世界の骸を取り込んで循環する何かになる時、なって行った時のどこかで、水が一巡して川に戻ってくる様に、世界も一巡する可能性もあるのではないか?

そう言った系統の発想から、世界のリセットや一巡を起こす手法が確立した世界を舞台とした作品が存在する。

この記事では、そんな「世界自体のリセット・一巡をめぐる戦い」を描いた作品を紹介していく。

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「別世界の資源を収集する存在」登場作品特集

industrial machine during golden hour

良いモノみっけ

それは危険なギブ&テイクか、一方的な搾取か。

明らかに科学・魔法的に技術が進んだ存在からの接触は、危険が付き物。

圧倒的優位かつ上位な状態にあるなら、相手はこちらを対等に見ていないかもしれない。

植民地支配や侵略なんて分かりやすい方法で無く、作物・家畜・エネルギー資源・娯楽・情報、等として、長く生かさず殺さず付き合っていく気なら、とても厄介だ。

この記事では、そんな「別世界の資源を収集する存在」が登場する作品を紹介していく。

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「夢を諦めようとしている時、努力を近くで見ていた人の身を削る後押しで夢が繋がる」展開がある作品特集

person holding banknote

思わぬ人からの献身

夢に向かって努力した。

出来る限りの事をしたが、あと一歩届かなかった。

やり切った事で、諦める事もやむを得ないと敗北を受け入れようとしたその時。

ずっと近くで努力を見ていた人が葛藤する。

途切れた道を繋ぐには、まだ足りない。

けれども夢に繋がる道の先を、その人や仲間達に見せたいと言う身を削った後押しは、既にボロボロの心身には、これ以上ない程に沁みる。

物語で言えば多くは「契機」として描かれ、最も感動的なシークエンスにドラマチックに描かれる事になる。

この記事では、そんな「夢を諦めようとしている時、努力を近くで見ていた人の身を削る後押しで夢が繋がる」展開がある、感動作品を紹介していく。

なお、劇中でも屈指の感動シーンに触れるので、ネタバレ記事である。

純粋に感動して見たい作品に関しては、目次だけ利用しよう。

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【お知らせ】ストーリーテリング講座の進捗など【お願い】

three piled books on white wooden table

現状報告等

前回【お知らせ】ストーリーテリング講座のロードマップを作るぞい【お願い】を見てない人は見て。

現状、こんな感じと言う報告をば。

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「カルト宗教、新興宗教」モチーフ作品特集

woman with candles during occult ritual

新しい宗教は人を救うか、あるいは人を利用する為の装置か

新興宗教とは、設立が歴史的に見て新しい宗教の事を指す。

なので、新興宗教と言うだけで悪い物では別にない。

中には、真面目に世界の真理や神について考え、人を救おうと言う物もあるだろう。

一方、カルトは昔から宗教絡みの事件がある事で、元の意味で使われる事の方が減り、反社会的な集団に対して使われる言葉となっている。

これらはイコールでは無いが、カルトと呼ばれる集団の多くが新興宗教組織であった事で、世間一般の認識では近しいイメージが定着してしまった。

つい最近も、カルト宗教の被害者による元首相暗殺と言う重大な事件が起き、一部では暗殺犯に同情的な見方も出ているぐらい、カルトのイメージは悪く、カルトに触れると嫌がらせを受けたり身の危険を感じる思いをする人もいる為に、話題にする事も憚られる事も屡々だ。

実際、カルト宗教によって人生を滅茶苦茶にされた人は多い。

私の友人も家に某カルト宗教のワゴン車が乗り付けてきて入信を迫る為に拉致された事があるし、私自身何度も宗教二世の人や、勧誘から入信した友人から不愉快な勧誘をファミレス等でされ、友人を失った経験もある。

自身や周囲で、直接でも間接でも、そう言う経験をした人は必ずいるぐらいに、問題となっている。

だからこそ、このカルトと言う存在はフィクションのモチーフで使う場合、ナチスばりの「悪の象徴」や「問題を抱えた組織」として機能する為、モチーフ的に見ると一種の人気があると言える。

この記事では、そんな「カルト宗教、新興宗教」をテーマにした作品を紹介していく。

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面白シチュエーションテクニック「あらぬ疑いをかけられる」を簡単に解説

question mark on chalk board

無実の罪は面白い?

人は基本的に疑われる事を嫌う。

疑うと言う事は「こいつ嘘ついてるんじゃ」とか「こいつ隠し事をしてるんじゃ」と思われると言う事で、嘘吐きや後ろ暗い人扱いされているのと同義だからだ。

嘘は誰でもつくが「嘘つきは泥棒の始まり」なんて言葉がある様に、その手軽さに比べて、結果的に問題を大きくする事が多く、嘘がバレると罪が清算される所までが「嘘のセット」であり、嘘は当事者が死んだ後にも残り、気付かれ次第暴かれる。

出来れば嘘は無い方が良いが、世の中は嘘で溢れているのが実情が。

そんなだから、世の中から疑いの目は消えない。

人は、そう言う意味でも真実を求める生き物と言える。

で、基本的に嘘の暴きあいによって緊張感や不快感が呼び起こされる「疑う」と言う行為だが、これが間違って使われると、とても面白い事が起きる。

それが「あらぬ疑いをかけられる」と言う状態だ。

これは、無実の罪を疑われると言う事で笑えない。

だが、無害な状態の場合「あらぬ疑いをかけられる」事は、面白い状況を作り出す。

有害か無害かで、生み出す面白さに変化がある。

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「もう、殺すしか……」コメディ展開がある作品特集

photography of lemon near kitchen knife

暴力は全てを解決する?

「そんな事で⁉」と言う理由から「もう、殺すしかねぇ」と言う判断によって起きるギャップは、極端過ぎて、ハマれば面白い。

素で言っているならサイコパスかメンヘラかと言う感じだが、それでも永遠に実行に移されなければ笑っていられる。

この記事では、「もう、殺すしか……」と、世間一般的には殺すほどではない事に対して判断を下す展開があるコメディ作品を紹介していく。

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