怪物が人々を襲う物語の描き方

モンスターパニック

今回は、怪物をテーマにした作品について解説する。

怪物の正体

怪物と聞くと、モンスター、クリーチャー、バケモノ、幽霊、妖怪、怪獣、みたいな連想をするかもしれない。

でも、物語の中の怪物は、そういうモチーフ以外に、概念的な要素がある。

真の怪物とは、交渉の余地が無い、悪意だ。

この、交渉の余地が無いと言う所が、重要になる。
話し合えば分かり合えるのでは、それは真の怪物とは呼べない。

話し合っても無駄な相手が、脅かしに来るからこそ、怪物が舞台装置として機能する。

では、どうして話し合い不能なヤバい存在が襲ってくる様な事態になったのか?

なぜ人々は怪物に襲われる?

その答えは、一種の連帯責任にある。

つまり、怪物に襲われるメンバーの中に、怪物に対して喧嘩を売った罪人が紛れ込んでいる。

怪物は、理由無く襲ってくるのではなく、因果応報を、一見して理不尽な連帯責任から押し付けに来る。

罪人の罪は、罪人だけの物に思えるが、怪物とは復讐をする存在では無い。

怪物とは、人為的な自然災害に近い。

逃げられないから戦うしかない

怪物をテーマにした作品で重要になる要素の一つに、逃げるのが難しい環境と言う物がある。

映画のエイリアンでは、宇宙船の中で事件が起きる。
映画のジュラシックパークでは、危険な恐竜満載の施設や島を舞台に大半の物語が進行する。

この、密室を始めとした逃げるのが難しい環境は、連帯責任の範囲に他ならない。

例えば環境破壊は、環境破壊をした本人だけでなく、環境破壊をしていない人にまで、その影響が表れる。

地球温暖化のせいで海面上昇や台風が発生するとしても、原因を作った犯人だけでなく、環境内の全員に自然の猛威が降り注ぐ事になる。

怪物とは、そういう物なのだ。

映画のエイリアンでは、仲間に内緒でエイリアンの卵を持ち帰ろうとしたクルーのせいで、全員が危機に陥る。
映画のゴジラでは、核物質で恐竜の生き残りがゴジラになって襲ってくるけど、核物質に関わった事が無い人まで被害に遭う。

人為的な災害を象徴化したものが、怪物なのだ。

そう言った性質だから、怪物は罪を犯した人がいるグループ全体を罰を与える様に襲っていく。

怪物退治は命がけ

なので、怪物をテーマとした物語の主人公は、命をかけて罪人を探しつつ、怪物に立ち向かわなければならない。

しかし、怪物の被害者となる主人公グループ内にいる、怪物を怒らせた犯人を倒したり、怪物に差し出しても、怪物の攻撃が止む事は、ほとんどない。

怪物を怒らせた責任の所在をハッキリさせても、怪物の怒りは収まる事は稀と言って良い。

倒すか、怪物が満足して大きな罪が許されるまで、その攻撃は止む事は無い。

そして、怪物が一人で満足する事は、無い。

満足させるにも、主人公が動かなければ悲劇は終わらない。

終わりに

怪物をテーマにする時は、人為的に発生した災害と言う側面を忘れないようにすると、どうして怪物が発生したり、襲ってくるのかや、事態が手遅れになったのか、等を自然に考える事が出来て、物語を構築する上で有用である。

参考になれば嬉しい限りだ。

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