大事な物を奪われる痛みの共有で、気持ちを一つに
他人と共感する場合、他人の特徴を見て、それが自分と近しいと感じた時に共感が生まれる。
例えば、相手が人である事、日本人である事、男性である事、等が特別でない場所では、それは共感する理由にならない。
一方で、人類最後の生き残り同士であれば相手が人であるだけで共感が生まれ、遠い外国の地で出会った日本人であれば日本人同士なら共感が生まれ、女性比率の大きなコミュニティ内であれば男性であるだけで共感が生まれたりもあり得る。
特徴を見て、同じ特別である事が、常に強い共感を生み出すのだ。
これは、特徴が特別である程に、強い共感に繋がる。
特別とは、究極には個人的な事であり、個人として経験した出来事ほど特別で強い共感に繋がる物は無い。
個人で経験した事の中で特別な物には、ポジションな物とネガティブな物がある。
つまり、良い経験と悪い経験は、それぞれ共感に使う事が出来て、その中でも強い共感を呼び起こせるのが「大事な物の剥奪描写」による、心の傷を使った物だ。
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