コラム

「当事者意識はあればあるほど良い」は本当か?状況に応じた使い分けの思考法

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  • 「当事者意識を持とう」
  • 「主体性を持って行動しよう」

ビジネスシーンや自己啓発の世界では、まるで当事者意識が絶対的な正義であり、多ければ多いほど良いかのように語られがちです。

しかし、それは、本当にそうでしょうか?

結論から言うと、当事者意識は「高ければ良い」という一律のものではなく、置かれた立場や状況に応じて「意識の有無や強度を適切にコントロールするもの」です。

1. そもそも他人の問題に「当事者意識」を持っても限界がある

前提として、当事者以外の人間が過剰な当事者意識を持ったところで、現実的にはどうにもならないケースが多く存在します。

自分の責任範囲や影響力の及ばない問題に対して過剰な当事者意識を持つと、かえって無用なストレスを抱えたり、越権行為になって周囲との摩擦を生んだりすることすらあります。

当事者でないならば、一歩引いた視点(客観性や傍観者としての立ち位置)を維持するほうが、冷静で適切な判断ができることも多いです。

2. 「人生への当事者意識」すら、一様ではない

「自分の人生に対する当事者意識」であれば、全員が100%持っておくべきだと思えるかもしれません。

しかし、これも人生の性質や個人の価値観によって変わります。

  • 主体的に選択・開拓する人生を望む人にとっては、高い当事者意識が原動力になります。
  • 一方で、置かれた環境の流れに身を任せる(受容する)生き方を選ぶ人にとっては、強い当事者意識が「自分の思い通りにならない現実」に対する苦しみを生む原因にもなり得ます。

人生の舵を自分で切る強さが求められる場面もあれば、運命や状況を受け入れるしなやかさが求められる場面もあります。

人生における当事者意識の度合いもまた、人それぞれで良いはずです。

3. 創作活動における「当事者意識」の二面性

創作の世界を例に取ると、当事者意識の性質がよりクリアに見えてきます。

① 自己表現としての創作(当事者意識が強みになる場合)

自身の経験、感情、問題意識を作品にぶつける「自己表現型」の創作者にとっては、当事者意識(=これは自分の物語だという強い当事者性)があったほうが作品を生み出しやすく、情熱を維持しやすい性質があります。

② 職人的・技術的な創作(当事者意識がなくても成立する場合)

一方で、求められる仕様やターゲットに合わせて技術を振るう「職人型」の創作者であれば、個人的な当事者意識が希薄であっても、何ら問題ありません。優れたスキル、客観的な視点、分析力、構想力があれば、当事者意識に頼らずとも十分に質が高く魅力的な作品を作ることができます。むしろ、変に個人的な思い入れ(当事者意識)を持ち込まないほうが、クライアントや観客のニーズに冷徹に応えられる場合すらあります。

まとめ:必要なのは「一律の意識」ではなく「状況に応じた調整」

「当事者意識を持て」という言葉は一見正論に見えますが、それを万能の答えとして全員に強いることには無理があります。

  • 当事者として強い責任と主体性を持つべき局面
  • 客観的な第三者・職人として冷静に割り切るべき局面

重要なのは、当事者意識の量をひたすら増やすことではなく、「いま、この状況において自分にはどれくらいの当事者意識が必要か(あるいは不要か)」を判断し、適度な距離感を選ぶ柔軟性ではないでしょうか。

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