昔話を分析・解説
今回のテーマは「ルンペルシュチルツヒェン」等の、『名前当て勝負』系の昔話。
世界中にある『名前当て勝負』を挑んでくる鬼・悪魔・妖精・等のお話。
キラキラネームが問題視される昨今、昔も今も名前は人々を悩ませる。
名は体を表す事もあれば、名で他人を欺くのに使われる事もある。
神霊の存在が信じられていた時代は、子供に対して子供時代限定で、わざと悪い名前を付ける事で神霊から守ろうとしたなんて風習も存在する。
名前は重要な物で、真名を使って相手を縛る事が出来ると考えた昔の人は、真名を隠したりさえした。
今でも、フィクションの世界では真名によって悪魔を使役したり、映画「千と千尋の神隠し」では、主人公が名前を奪われる事で、自由を奪われていた。
他にも「ゲド戦記」や「デスノート」等、名前を知られる事が重要な意味を持つ作品は無数にある。
紹介する作品は、ある意味で、そう言った作品群の源流にある作品とも言えるので、比較してみると面白いだろう。
ルンペルシュチルツヒェン
引用:青空文庫
https://www.aozora.gr.jp/#main
著者:グリム兄弟
翻訳:楠山正雄
プロローグ
むかし、あるところに、こなやがありました。
日常の時
水車小屋でこなをひくのを商売にして、まずしくくらしてはいましたが、ひとり、きれいなむすめをもっていました。
切欠の時
ところで、ひょんなことから、このこなやが、王さまとむかいあって、お話することになりました。
悩みの時
そこで、すこしばかり、ていさいをつくろうため、粉屋はこんなことをいいました。
「わたくしに、むすめがひとりございますが、わらをつむいで、金にいたします。」
王さまは、こなやの話を聞いて、
「ほほう、それはめずらしいげいとうだね。ほんとうに話のとおり、おまえのむすめに、そんなきようなことができるなら、さぞおもしろいことであろう。では、あした、さっそく城へつれてくるがいい。ひとつ、わたしがためしてみてやろう。」
と、いいました。
危機の時
さて、むすめが、いやおうなし、王さまのところへつれてこられると、王さまは、むすめをさっそく、わらのいっぱいつんであるおへやにいれました。
そうして、糸車とまきわくをわたして、こういいました。
「さあ、すぐと、しごとにかかるがよい。今夜からあしたの朝はやくまでかかって、このわらが金につむげなければ、そちのいのちはないものとおもうがよいぞ。」
こういいのこして、王さまは、じぶんでへやの戸に、じょうをかってしまいました。
むすめは、ひとりぼっち、あとにのこりました。
絶望の時
さて、むすめは、ぽつねんとそこにすわったきり、いったいどうしたらいいのか、とほうにくれていました。
わらを金につむぐなんて、そんなこと、まるでわかりようはありません。
だんだん、心配になってきて、とうとう、たまらなくなると、むすめはわっと泣きだしました。
切欠の時
するうち、ふと、戸があきました。
ひとり、豆つぶのように小さな男がはいってきて、こういいました。
「こんばんは、こなやのおじょっちゃん、なんでそんなにかなしそうに泣きなさるえ。」
「まあ、あたし、わらを金につむがなければならないのだけれど、どうしてするものだかわからないの。」
と、むすめはいいました。
すると、こびとがいいました。
「わたしが、かわりに、それをつむいであげたら、なにをほうびにくれるえ。」
悩みの時、決意の時
「この首くびかざりをね。」
と、むすめはいいました。
試練の時
こびとは、首かざりをもらうと、糸車の前にすわりました。
ぶるるん、ぶるるん、ぶるるん、三どまわすと、まきわくは、金の糸でいっぱいになりました。
それから、こびとは、また二ばんめのまきわくをかけて、ぶるるん、ぶるるん、ぶるるん、三どまわすと、三どめで、またふたつめのわくが、いっぱいになりました。
こうやって、あとから、あとからとやっていくうち、朝になりました。
もうそれまでに、のこらずまきわくは、いっぱい金の糸になっていました。
お日さまがのぼると、もうさっそく、王さまはやってきて、へやじゅうきらきら光っている金をみて、びっくりしました。
切欠の時
すると、よけい、いくらでももっと金がほしくなりました。
王さまは、また、こなやのむすめをもうひとつの、やはりわらのいっぱいつんである、しかもずっと大きなおへやへ、つれていかせました。
そうして、こんどもまた、いのちが惜おしかったら、ひと晩でこれを金の糸につむげと、いいつけました。
悩みの時、切欠の時
むすめは、どうしていいかわからないので、泣いていますと、こんどもやはり戸があいて、そこにこびとが姿をあらわしました。
そうして、
「わらを金につむいだら、なにをわたしにほうびにくれるえ。」と、いいました。
悩みの時、決意の時
「わたしの指にはめているゆびわ。」と、むすめはいいました。
試練の時
こびとは、ゆびわをもらうと、また糸車をぶるるん、ぶるるん、まわしはじめました。
そうして、朝までに、のこらずのわらを、きらきら光る金の糸にしあげました。
切欠の時
王さまは、うずたかい金の山をみて、にこにこしながら、でも、まだまだそれだけではまんぞくできなくなりました。
それで、またまた、わらのいっぱいつんである、もっと大きいへやへ、こなやのむすめをつれていかせました。
そうして、
「さあ、今晩のうちに、これをしあげてしまうのだよ。そのかわり、しゅびよくそれをしとげれば、わたしの妃きさきにしてあげる。」
と、いいました。
「よし、それがこなやのむすめふぜいであるにしても、それこそ世界じゅうさがしたって、こんな金持の妻はないからな。」
と、王さまは考えていました。
悩みの時、切欠の時
さて、むすめがひとり、ぽつねんとしていますと、れいのこびとは、三どめにまたやってきて、こういいました。
「さあ、こんどもわらを金につむいであげたら、なにをほうびにくれるえ。」
悩みの時
「あたし、もう、なんにもあげるものがないわ。」と、むすめはこたえました。
「じゃあ、こういうことにしよう。王さまのお妃におまえがなって、いちばんはじめにうまれたこどもを、わたくしにくれると約束おし。」
決意の時
(どうなるものか、さきのことなぞわかるものではないわ。)
と、こなやのむすめは考えていました。
それに、なにしろせっぱつまったなかで、なにをほかにどうしようくふうもありません。
それで、むすめは、こびとののぞむままの約束をしてしまいました。
試練の時
そうして、こびとは、三どめにまた、わらを金につむいでくれました。
さて、そのあくる朝、王さまはやってきてみて、なにもかも、ちゅうもんしたとおりにいっているのがわかりました。
そこで王さまは、むすめとご婚礼の式をあげて、こなやのきれいなむすめは、王さまのお妃になりました。
危機の時
一年たって、お妃は、うつくしいこどもを生みました。
そうして、もうこびとのことなんか、考えてもいませんでした。
すると、そこへひょっこり、こびとがへやの中にあらわれて、
「さあ、約束のものをもらいにきたよ。」
と、いいました。
お妃はぎくりとしました。
こどもをつれて行くことをかんにんしてくれるなら、そのかわりに、この国じゅうのこらずのたからをあげるから、といってたのみました。
でも、こびとは、
「いんにゃ、生きているもののほうが、世界じゅうのたからのこらずもらうより、ましじゃよ。」
と、いいました。
絶望の時
こういわれて、お妃は、おろん、おろん、泣きだしました。
しくん、しくん、しゃくりあげました。
切欠の時、悩みの時、決意の時
それで、こびとも、さすがにきのどくになりました。
「じゃあ、三日のあいだ待ってあげる。」
と、こびとはいいました。
「それまでに、もし、わたしの名前をなんというか、それがわかったら、こどもはおまえにかえしてあげる。」
試練の時
そこで、お妃は、ひと晩じゅう考えて、どうかして、じぶんの聞いて知っているだけの名前のこらずのなかから、あれかこれか、考えつこうとしました。
それから、べつにつかいの者をだして、国じゅうあるかせて、いったい、この世の中に、どのくらい、どういう名前があるものか、いくら遠くでもかまわず、のばせるだけ足をのばして、たずねさせました。
そのあくる日、こびとはやってきました。
お妃は、ここぞと、カスパルだの、メルヒオールだの、バルツェルだの、でまかせな名前からいいはじめて、およそ知っているだけの名前を、かたはしからいってみました。
でも、どの名前も、どの名前も、いわれるたんびに、
「そんな名じゃないぞ。」
と、こびとは首をふりました。
試練の時
二日ふつかめに、お妃は、つかいのものに、こんどはきんじょを、それからそれとあるかせて、いったい世間では、どんな名前をつけているものか聞かせました。
そうして、こびとがまたくると、なるたけ聞きなれない、なるたけへんてこな名前ばかりよっていいました。
「たぶん、リッペンビーストっていうのじゃない。それとも、ハメルスワーデかな。それとも、シュニールバインかな。」
でも、こびとはあいかわらず、
「そんな名じゃないぞ。」
と、いっていました。
契機の時
さて、三日めになったとき、つかいのものはかえってきて、こういう話をしました。
「これといって、新しい名前はいっこうにたずねあたりませんでしたが、ある高い山の下で、そこの森を出はずれたところを、わたくしはとおりました。ちょうどそこで、きつねとうさぎが、さようなら、おやすみなさい、をいっておりました。そのとき、わたくしはふと、そのへんに一けん、小家をみつけました。その家の前に、たき火がしてありまして、火のまわりに、それはいかにもとぼけた、おかしなかっこうのこびとが、しかも一本足で、ぴょんぴょこ、ぴょんぴょこ、とびながら、はねまわっておりました。そうして、いうことに、
きょうはパンやき、あしたは酒つくり、
一夜あければ妃のこどもだ。
はれやれ、めでたい、たれにもわからぬ、
おらの名前は、
ルンペルシュチルツヒェン。
と、こうもうしておりました。」
つかいの者の話のなかから、こびとの名前を聞きだしたとき、お妃はまあ、どんなによろこんだでしょう。
みなさん、さっしてみてください。
解決の時
さて、そういうそばから、もうそこへ、れいのこびとはあらわれました。
そうして、
「さあ、お妃さん、どうだね、わたしの名前はわかったかい。」
と、いいました。
お妃はわざとまず、
「クンツかな。」
「ちがうわい。」
「では、ハインツね。」
「ちがうわい。」
「じゃあ、たぶん、おまえの名前は、ルンペルシュチルツヒェン。」
「悪魔が話したんだ、悪魔が話したんだ。」
と、こびとはさけびました。
そうして、腹だちまぎれに、右足で、したか大地をけりつけると、からだごとうずまるくらい深い穴あながあきました。
それから、いかりたけって、両手に左足をひっぱるひょうしに、じぶんでじぶんのからだを、まっぷたつにひきさいてしまいました。
おしまい
解説
まず『名前当て勝負』に至る前に、彼らは切羽詰まった主人公の前に現れて、聞き入れないと破滅する状況で、味方のフリをしながら大事な物を奪う約束をする。
「ルンペルシュチルツヒェン」の場合は、主人公の命を助ける「金の糸」を紡ぐ代わりに「首飾り」「指輪」「1人目の子供」を所望してくる。
この、ハードルを少しずつ上げていく事で、お願いを聞かせやすくする作戦も、切羽詰まった主人公の足元を見ていて、どこまでも意地悪だ。
大事な物を奪われたくなければ、難しい質問に答える様にと言うゲーム的な救済案を提示する事で、主人公は選択に責任を負わされるわけだ。
ゲームに乗らなければ死ぬ状況で、ゲームに乗ったのだから自己責任と言う論法は、どこまでも意地が悪い。
仮に、主人公が切羽詰まっていない状況で魔法を押し売りされても、大抵の主人公は条件を飲まないだろう(考え無しに飲むキャラクターも昔話には多いが)。
こういう状況設定の大切さは、現代の物語作りでも学ぶべき物がある。
そもそも、主人公がヤバい王様に売られた理由が、父親のついた嘘が原因なので、主人公の周りには本当にロクな人物がいないスタートからして、昔の話として良くある世の理不尽が感じられて、非常に面白い。
いざ、名前当て勝負が始まると、小人の本性が現れ、物語の中の緊張感が一気に高まる。
このタイプの物語で主人公は、自分で解決しようと必死に足掻く。
だが、最後は思わぬ人物の助言で、あっさりと答えに辿り着く。
これは、メッセージ性としては、一人で悩まず第三者に頼る事の大切さを語っているとも言える。
この他人の助けが事態を打開するパターンは、普遍的に使える物語の要素で、とても重要だ。
そんな「ルンペルシュチルツヒェン (RUMPELSTILZCHEN)(日本語訳:がたがたの竹馬小僧)」 はドイツの昔話で、様々なバリエーションが存在するが、国をまたいだ別バージョンがいくつも存在する。
ここからは、バリエーション作品を比較しながら紹介していく。



