嫌になるぐらい反面教師な先生ばっかの人生であった
私は、学校が嫌いだった。
いや、今も別に好きじゃない。
その理由は、教師と言う人種に対して、あまりにも悪いイメージが強い人とばかり遭遇してきた人生だったので、好きになる理由を探す方が難しいからだ。
感謝している恩師と言えるような先生は、本当に少ない。
きっと、日本中どこにでもある、極て、ありふれた話だろう。
全然人脈に恵まれていないが、他と比べると特筆して悪くは無い、皆がまあまあ不満な状態の、モブの一人に過ぎないのかもしれない。
一方的な自分語りになるが、それでも、反面教師としか存在価値を見出せなかった存在について思い出していく。
学校で、教師と言う人種に悩んでいる人の目にでも止まれば嬉しい。
ドラマチック先生
最初に断っておくと、これは私が学校に通っていた太古の昔の事だ。
その時は、現代とは常識が大きく違う事が多々ある事を断っておく。
今でこそ分かるが、学校の先生は、別に全員が立派な人では無い。
大学を出て就職しただけの一般人だ。
なので、色々な人がいる。
私が通っていた学校は、土地柄もあって、あまり良い学校では無かった。
なので、先生のレベルも特別高い訳では無く、今にして思えば頭がおかしい先生は、多くいた。
現在に、同属性の先生がどれぐらい生息しているか分からないが、私の通っていた学校には、学校を舞台にしたテレビドラマに憧れている先生がいた。
実際は分からないし、その先生の年代から何に憧れてドラマ先生ゴッコをしていたのかは分からないが、金八、GTO、ごくせん、等の作品をイメージして貰えれば、何となくイメージ出来る筈だ。
クラス担任になったら担当クラスの生徒に自分の事を「○○やん」とか「○○せん」的なあだ名を呼ばせ、友達の様な距離感で接し、学校では人気の先生と認識されていた様な先生である。
人気者な先生で、みんなに好かれていたが、私は、この先生の事が苦手だった。
多くの生徒にとっては、ドラマみたいな学生生活を体験させようと一生懸命な良い先生だったのかもしれない。
だが、その先生は、私にはヤバイ人にしか見えなかった。
学校で先生ごっこ遊びをしている姿勢は、むしろ面白いし、嫌いじゃない。
問題は、先生の望むロールプレイから外れた生徒や、先生の考えるドラマの舞台外への対応への落差だ。
つまり、その先生は、自分が気持ち良い教師生活を送るのに役立つ生徒には、とても良い先生だったが、関係無い登場人物には極端に冷たい、ドラマチック贔屓先生だったのだ。
で、私はと言うと、当然の様に先生のドラマでは、超邪魔な存在である。
チーン。
この反面教師から、何を学んだか?
相手に、望みの役割を強要する奴は、マジでヤバイって事。
相手の期待に応えられれば、楽しいかもしれない。
だが、期待に応えられない場合は、昭和の舞台劇演出家ばりに、理不尽な事を強いてくる。
次元の狭間先生
その先生の授業中に、私はトイレに立った。
今の状況は知らないが、授業中にトイレに立つ事を、物凄く学校の先生は嫌がる。
休み時間中に行けと言うが、行っても行きたくなる事だってあるし、休み時間中には行きたくなくて授業の途中で尿意がこんにちは、としてくる事だってある。
授業中にトイレに行く事を推奨こそしないが、行かせない空気は、明らかに間違っている。
だって、生理現象だよ?
で、私はトイレに行った。
その後、どうなったか?
教室に戻ったら、扉に鍵がかかっていて、教室に入れないのだ。
は?
と思いながらも、後ろの扉も開けようと試すが、開かない。
窓も含め、全部の出入り口が鍵をかけられていたのだ。
それだけでポカンである。
更に、ノックしても、反応が無い。
扉の小窓から教室の中を覗くと、先生が授業を続けていて、クラスメイト達が授業を普通に受けている。
私の事が見えていないみたいに、誰一人反応しないのだ。
扉をバンバン叩いても、無視。
嘘やろと思いつつ、バカらしくなって家に帰ったら、学校へ呼び出しを食らった。
なんと、授業中にトイレに行った事が許せなくて、締め出して無視したと言うのだ。
更に、クラスメイトに鍵を開けない様に、見ない様にと、しっかり指示までしていたと言うのだから、驚きだ。
その上に、まだ授業が残っているのに鞄も置いて家に帰った事に対して、先生は御立腹なのだ。
トイレに行った事に対して不満を持つのは、時代もあるし理解出来る。
だが、鍵をかけて授業に出れなくする事と、無視をして廊下でポカンとさせる事は、果たして教育か?
今の私なら、いくらでも、おおごとにしようとするだろう。
明らかに先生の行いが間違っている。
少なくとも、トイレに立った人は先生の授業のトータルで私だけでは無いのに、締め出し無視を食らって、時空間が自分だけズレてみんなから見えなくなっちゃったみたいな経験を食らったのは、私だけの筈だ。
次元の狭間に迷い込んだのかと、脳がバグりそうになった。
だって、扉をバンバン叩いているのに、全員が私を無視するのだ。
結構仲の良かった友達も含め。
だが、時代とは怖い。
その時は、私が一方的に怒られて終わった。
ひどい時代である。
介護押し付け先生
時代とは怖い物だ。
私が学校に通っていた様な時代は、障碍を持った生徒への認識が、現代よりも明らかに悪かった。
特別クラスがどの学校にも一つは作られていた。
これは、今もそうかもしれない。
重い障碍を持っている生徒が年齢も関係無く集められ、学習カリキュラムを別に用意して、隔離する様に管理されている学校が、昔は多かった。
すると、一学級に何人か、特別学級では無く普通クラスに通わせてほしいと親が学校に頼んで、何かしらの重い障碍のある生徒を普通クラスに組み込むと言う事が起きた。
私は、知的障碍のある生徒が同じクラスに来る事は、最初は何とも感じていなかった。
だが、子供はバカで、残酷だ。
その子供を導くのが先生に与えられた役割の一つだと思うが、先生も「なにか」間違っていたら?
先生は、障碍がある生徒の事を、腫物の様に扱った。
実際、どうする事が正解だったのか、当時の先生の状況から分かるとも思えないが、それでも、少なくとも正解では無い。
会話が成立する様で成立せず、叱る事も出来ない生徒。
他の生徒から不満や疑問が噴き出せば「○○さんは、かわいそうだから優しくしてあげて」「頭がおかしいから大目にみてあげて」「出来ない事が多いから助けてあげて」と、生徒達に我慢と優しさだけを強いた。
その結果、クラスの不満は爆発し、障碍のある生徒は、クラスメイトから陰湿なイジメに遭った。
批判を恐れずに言えば、私はその生徒の事が気持ち悪いと当時は感じていたし、特別酷い事をしていないだけでクラス単位のイジメには加担している立場だった。
当時、クラスの総意は「さっさと特別学級に入れろ」だった。
生徒に介護みたいな事をさせるぐらいなら、最初から特別学級に入れてくれと言う事だ。
理解不能な言動をする同級生の存在だけでも異質に感じているのに、その世話をクラスメイトだからと押し付けられたクラスメイト達の気分は、やりたくない嫌いな人の介護を強要されている様な物だ。
その障碍者イジメ問題は、結局先生が解決する事は出来なかった。
障碍のある生徒の母親が学校に来て、どういう思いで普通学級に入れて欲しいと頼んだのかを涙ながらに訴えまでしたが、生徒達でスピーチが響いた生徒は、いても少数だっただろう。
本当に地獄みたいな状態だった。
結局、先生は担当クラスの生徒と正面から向き合う事は無かった風に思う。
反面教師ポイントとしては、障碍のある生徒を押し付ける以前に、しっかりとした説明をするべきであった。
私の年代では、知的障碍に対する理解が雑な年代の大人が非常に多く、先生自身も適当な認識だったのは過ぎてみれば分かる。
ダウン症や自閉症、脳性麻痺等と言った物に対する認識が、人として失敗作とか、気ちがいとか、精神病だと本気で思っていた世代の先生なのだ。
時代が悪いと言えばそれまでかもしれないが、正確な情報があれば生徒の大半はイジメを良しとしなかっただろう。
「あの子は気ちがいで、可哀想な子だから」と説明されて、出来ない事の介助をするのと、「あの子は、こう言う病気でね」と言われて、同じ事をするのでは、印象が全然違う。
また、障碍のある生徒の母親や学校の意思決定の意図や、理想像を先に提示していなかった事も、悪い方向に働いたかもしれない。
当時のクラスメイト達は、「バカな子供って認められなくて、無理して普通クラスに入れてるバカな親」と、マジで思っていた。
これも「○○と言う病気で出来ない事は多いけど、普通の子と同じ様に、楽しい思い出がいっぱいの学校生活を送らせてあげたい」とでも言っていれば、まだ違っただろう。
そして、命令で介助を押し付けるのではなく、同情でも何でも良いから、生徒が自主的に動けるようなモチベーションを持たせたり、そう言う友人として関係を形成するべきだったのは、当たり前の話である。
そう言ったモチーフの映画を見せるだけでも違う。
幼稚園児ぐらいの知性を持った友人として関係が始まるか、介護を押し付け合うクラスのお荷物として関係が始まるか、この差は、相当大きい。
だから、私は、この先生に対して、時代のせいと言う同情を少なからず持っているが、最低のクソ野郎だったと今でも思っている。
次元の狭間先生の方が生理的に嫌いだったけどね。
ちなみに、その障碍のあった生徒は、卒業まで一般クラスで過酷な状況を耐えきって卒業し、その後の事は知らない。
いずれにしても、どう考えても親が望んだ学校生活では無かったのは言うまでも無い。
お前ムカつくな先生
先生も人の子だ。
誰かにムカつく事もある。
それにしたって、名指しでぇ?
いったい、どれだけ先生に私が嫌われてきたかと言う話だが、基本的に相性問題が大きい。
と思っている。
私は、体育会系の人と、ものっすっごく相性が悪い。
少なくとも、昔はそうだった様だ。
サッカー部、野球部、バレー部、バスケットボール部、等で活躍していて、そのまま、学校の先生になったタイプの人は、全員私の事を生理的に無理と思っていた可能性さえある。
と言うか、サッカー部、野球部、バレー部、バスケットボール部、等で活躍しているタイプの人とは、生徒とも相性が悪い。
一人だが、相性が悪い生徒が、実際に学校の先生になったので間違いない。
距離感やノリの違いが、どうにも噛み合わないのだろう。
で、そんな天敵タイプの先生に敵宣言され、担当教科が見事に嫌いになった。
あるあるである。
え、敵宣言されるのは普通じゃない?
まあ、とにかくだ。
そうなると、成績が落ち、不のスパイラルが始まる。
嫌いで、教えるのが特別上手いわけでもない先生の授業の成績が悪くなり、更に当たりが強くなるのだ。
当時は、学校の先生はノリで生徒の頭を殴るとか出席簿の角で小突くなんて当たり前の時代だ。
まあ、酷い目に遭った。
結局、ただただいびられ、何一つ良い思い出は無い。
やんちゃな不良生徒に目を付けられるとかなら、まだ対処のしようがありそうな物だが、それが中身同じの教師になると、厄介度が高くなる。
今ならきっと、暴力を撮影したり暴言を録音してSNS晒しでもするだろう。
本当に、時代とは嫌になる。
根性先生
私は喘息のせいで肺活量がそこまで無い。
気道を広げる薬には何度も世話になったし、呼吸困難で病院に行った事もある。
今でこそ自転車旅行に趣味で行ったり、運動にも多少はチャレンジしたりしているが、基本的に運動は苦手だ。
その中でも、マラソンが自分でやる物では、大の苦手である。
肺活量にハンデがある状態で、走りたくないのに楽しく走れるわけがない。
なのだが、根性先生とは根性で乗り切る事を教えてくれた。
どうなったか?
呼吸困難でぶっ倒れたのは言うまでも無い。
体質的にもモチベーション的にも無理である。
根性でどうにかなるわけがない。
その先生は、喘息の症状を、言い訳だと捉えていた。
いや、走れない言い訳なのは間違いないが、呼吸困難になって倒れるのは大げさだと勝手に思い込んだのだ。
普通に、バカだ。
別個体だが、私は動物アレルギーも持っていて、動物の毛で呼吸困難になる事があるのだが、飼育委員にされそうになった事もある。
根性先生は、現代にも生息しているのだろうか?
給食でアレルギーの人に食育と言って無理やりアレルギー物質を食べさせたりして、生徒を殺そうとしてないか、勝手に心配になってきた。
根性云々では無く、病気を信じない先生には近づいては、絶対にいけない。
鬱病を、根性が足りないと言いそうなタイプでもある。
呪詛先生
呪詛を吐くタイプの先生が世の中には結構いる。
現代では、どんな呪詛を吐くのか知りたい様な知りたくない様な。
私の時代は「そんな夢、叶うわけ無いだろ」とか「大人になれよ」みたいな事を生徒に吹き込む先生がいたし、そのぐらいなら今もいそうだ。
生徒に対して「バカ」とか「死ね」みたいな事を言う先生も、普通にいた。
「男/女らしく」とか、それがってのを押し付けられるのは普通に面倒くさい。
時代だなぁ。
脅迫先生
呪詛先生に似てるが、生徒を自由に動かす為に、脅迫をしてくる。
内申書や推薦関係で脅したり、学校イベント関係で脅したり。
とにかくウザかった記憶が残っている。
脅迫しないと生徒を動かせないとか、無能すぎぃいい!
体罰先生
シンプル。
私が学校に通っていた時代は、教育的指導として拳で、何らかの棒で、マジで殴ってきた。
当時の生徒は有難がっているなんて美談にしたがる人もいるが、全員がそんなわきゃ無い。
普通に傷害事件って事の方が多い。
ニュースで体罰の動画とか流れると、今でも気持ちがソワソワする。
当時既に、やりすぎで問題になってた事もあったから、暴力って認識は昔からある。
暴力を日常のコミュニケーションの一つとカウントしてるタイプが厄介。
恩師面先生
上記の同一個体。
何が気持ち悪いって、自分が恩師で、自分が生徒を導いたと思い込んでいる所。
「あんな事しておいて、マジで? 覚えてないの? 先生の事尊敬してる人、多分、かなり少ないですよ」
と言いたいが、大人なので我慢。
言った所で仕方が無い。
関わったらダメ。
終わりに
いかがだっただろうか。
温くて良い学校生活おくってんなと思う人も、中には、いるだろう。
クソ教師遭遇率こそ高いが、どの世代にも仲の良い友人グループは必ずあったし、心の支えとなっていたので、共通の敵として見て耐え忍んだのも、今では良い思い出……
な、わけが無い。
逆に、これはヒドイと感じた人もいるかもしれない。
だが、クソ教師遭遇エピソードは、もっとヒドイ物もあるし、正直ネタには事欠かない。
ブラック校則にも散々痛めつけられたし、見た目を先生から理不尽にバカにされた事だって数えきれない。
(学校で没収された物を返却せずに処分するのは、なんか法律で罰せないのかね? とは昔から思っている。学校に持ってくるなって物も中にはあるが、破棄は普通に酷くない?)
酷い日々が過ぎて見て思うのは、悪い過去は、逆立ちしたって悪いままだ。
恨みは、一つだって消えていないし、今でも思い出せばムカつく。
笑い話にこそ出来ても、「あれで気付かされて良かった」とか「先生のおかげ」とかは、間違ってもならない。
アタオカ先生と1年から2年も過ごさないといけなかったと考えると、当時には間違っても戻りたくない。
上記した先生方に対しては、悪いが、訃報を聞いても「やっとか」としか思わないぐらいに、マイナスの感情しかない。
出来れば出会いたくなかったと言う結論以外、真面目に無い先生ばかりだ。
だが、一歩引いて見れば、彼らは聖人でも有能なメンターでも無く、ただの一般人で、職業を教師としただけの人で、学校しか世界を知らない人と言う事も、今なら分かる。
明らかに、ろくでもない人々だが、今は犬に噛まれたと思うのが正解の様な気がする。
面白いネタにするのは良いが、彼ら彼女らに時間を悪戯に費やすのは、時間の無駄だ。
しかし、もし今、上記の様な、もしくは、もっとヤバい人に苦しめられている状況なら、もっと良い立ち回り方は、いくらでもあったのも分かる。
そんな状況の人は、俯瞰して状況を判断できる人に相談するだけでも、新しい視点で気付かされて事態を打開する事に繋がる事だってある。
また、先生も人間だ。
良い人もいれば、悪人もいるが、それだけでは無い。
私は悪人との遭遇率が高かった気がするが、相性の問題も大きい。
私には敵対意識バリバリでも、別の生徒には良い先生の可能性も十分ある。
友達を選ぶ様に、相性が良い先生と巡り合えたらラッキーぐらいに考えるのが、良いのかもしれない。
その中で恩師と出会えれば、最高だ。
私は恩師と呼べる存在に、働き始めるまでは、ちゃんと出会えなかった。
だが、学生の時分に出会えていれば人生が変わっていたかもしれないとは思う。
それが、今より良いか悪いかは分からない。
ハッキリ断言出来るのは、良い先生に出会えていれば良い方向に人生が変わったかもと思えるが、上記した先生方とは出会っていない方が人生が確実に良かった事だけは確信出来る。
立場や権威、人気等では無く、行動の正しさで相手を判断しよう。
間違った行動は、誰がとっても間違っている。
そこに先生も生徒も関係無い。
ただ、肩書を取ったら社会のゴミみたいな相手でも、反面教師にすれば教師として多少は役立てる事も出来る。
こういう手合いには近づくなって事が、痛みとして分かるとかね。
私自身、誰かにとっての、こう言う手合いにならない様に、日々精進して生きていかなければと強く思う次第だ。
ちなみにだけど、どの先生が、一番きつそう?
体験した身としては、どれも違うベクトルできつかったけどね!



