ある意味、異状しかない
「西部戦線異状なし」を見たので、感想をば。
圧倒される良作だが、本作を表すとすれば”地獄”である。
「西部戦線異状なし」とは?
本作は実際に第一次世界大戦に出征した経験がある作者エーリヒ・マリア・レマルクが1929年に発表した「西部戦線異状なし」と言う反戦小説を原作とした作品だ。
映像化は、1930年のモノクロ映画版、1979年のテレビ映画版、そして今回の2022年ネットフリックス配信版が存在する。
2時間28分の戦場
<内容>
第一次世界大戦中の欧州。
祖国のために戦おうと意気揚々と西部戦線に赴いた17歳のパウル。
だが、その高揚感と志は、最前線の凄惨な現実を前に打ち砕かれる事に。
公式引用
そんなあらすじの本作だが、その内容は、見る戦場と言う地獄である。
戦争の在り方が大きく変わった第一次世界大戦の戦場を、一兵士達の視点で見ていくのだが、大半の当事者が想像していなかった、あらゆる意味で悲惨な状況に陥っていく様は見ていて辛い。
2時間半近い長さの大半が戦場での日常であり、そのどれもが酷い有様として生々しく描かれている。
小さな悪意と他人事の蓄積
戦場に送られる若者は、祖国の為に恐ろしい敵国人と戦うと参加する。
なのだが、そこに至るまでの情報から既に嘘だらけ。
支給される軍服や装備は戦死者から回収した物が再利用され、塹壕戦がメインとなった戦場では何の為に守っているのか分からなくなるぐらい狭い範囲の土地の奪い奪われをし、敵兵も似た様な状態。
若者を戦場に送りだす人々は、それを分かっていて、前線に送られ帰れなくなるまで隠している。
今でこそSNSやら何やらで情報が溢れ、情報統制されても何かしら情報が漏れ伝わるが、それが無いアナログな当時では、戦場に行ってみるまで本当の状況が何一つ分からない。
この都合の悪い事は黙って人を集めると言うのは、人類の歴史で度々繰り返されてきたが、本当におぞましい。
それが、ごく自然に描かれ、嘘による集合によって地獄に叩き落される人々に待っている凄惨な状況は酷い。
新兵器の恐怖
地獄の中でも個人的に印象に残ったのは、新兵器の投入だ。
歩兵が塹壕戦をしている中で、一方が戦車を投入すると言う状況は、その場には絶対いたくない。
今だからこそ最初期の戦車は、より強い戦車を知っているからこそあまり強く無く感じる事ができるが、最新鋭兵器として登場するシーンでは一方的な蹂躙が描かれ、相手は鉄の箱に入って銃を撃って来るが、こちらは塹壕で銃剣付きのライフルぐらいしか攻撃手段が無い描写とか、怖すぎる。
いつの世も地獄を作るのは人
戦場で運悪く接敵し、殺すか殺されるかの場面で、生きる為に敵に銃を向けたりナイフで刺す。
緊急事態では必死故に動けているが、ふとした時に「素」に戻る瞬間、敵兵だろうと人と認識してしまったら、もう駄目だ。
誰も、人殺しになりたくないし、他人の人生を、他人の家族や友人を奪う責任を取る事は出来ない。
殺しても地獄、殺されても地獄。
そんな風に戦場には日常的に死が渦巻いているのに、後方では司令官や政治家が損得や戦況、そしてメンツに頭を悩ませて、停戦するかを悩む。
それによって戦場では、より多くの無駄死にが生まれる。
最も悪いのは、戦争を起こした人々だが、そう言う人々は後方でグズグズする余裕がある。
100年近く経ったウクライナ侵攻でも人は変わっていない様な虚しささえ感じられる。
ある意味、サバイバルホラー
本作は、主人公や仲間達が生きて戦場を去れるか否かをドキドキしながら見る事で、反戦作品とは、また違う見方が出来る。
そんな見方をしても、結局は登場人物達による地獄巡りなのだが、銃弾や敵兵、敵国人のあらゆる攻撃を潜り抜け、生き延びれるかを追って行くのは、それはそれでシンドイ。
死んでいく描写が嫌にリアルで辛い
主人公の仲間達が劇中でポロポロと欠けていくのだが、印象的なキャラは戦場以外で死ぬ事が多い。
自殺とか、泥棒したら家の子供に撃たれるとか、描かれる死がどれもパッとしない。
カッコよさとか美しさとか自己犠牲は、あえて廃し、戦場にある死は、どれも悲しくなるぐらい下らない。
下らない死が大半で、これがリアル、これが現実と言う主張は、戦争が愚かと言う事を分からせてくれる。
皮肉過ぎるクライマックス
本作のクライマックスでは、停戦が決まる。
だが、停戦時間を決め、そこでピッタリ争いをやめると言う方式をとる。
いやいや、すぐにやめろよと思うが、通信網が発達していない故だろうか。
とにかく、そんなシステムで待ちに待った停戦が訪れるのだが、見てて「絶対起きるなよ」と言う事態が、しっかり起きる。
停戦のカウントダウン中に、最後の無駄な小競り合いが発生するのだ。
カウントダウンまで生き延びれば生還できる中で、最後のマジで無駄な殺し合いに巻き込まれる状況の恐ろしさは、脳が痺れるぐらい嫌な感じがする。
映像、演出、もろもろはスゴイ
泥だらけで戦う兵士の姿の描写は、本当の戦場ってこうなんだろうなと言う説得力があり、映画特有の小奇麗さが無く、凄く良い。
特に、敵兵を刺し殺した際に、謝りながら傷を押さえて泥水を飲ませようとする辺りとか、戦闘以外でも迫力と言うか、凄味のあるシーンがポンポン出てくる。
そう言う意味でも、反戦映画、戦争映画として見る価値は十分にあるだろう。
終わりに
本作は、終始シンドイと言う気持ちになれる。
だが、映画の伝えるテーマとして、それで良い作品だろうし、見て良かったとも思える。
2時間半の戦場体験は、映画を見ているだけなのに疲れ、良い意味で嫌な疲労感に襲われた。
見る人のコンディションや好き嫌いに左右されるが、良い映画だと思う。
ウクライナ侵攻が実際に起き、中国や北朝鮮の動きが多少なりと注目される時代だからこそ、戦争の愚かさを認識するには良いだろう。