物語を書くとき、
多くの人はこう考えます。
- 主人公に何をさせるか
- どんな成長を与えるか
- どんな成功を掴ませるか
しかし、
物語が物語として機能し始めるのは、
その逆の瞬間です。
主人公の立場から見て、
「起きてほしくないこと」が起きたとき。
記事はnoteの方にもあるので、どうぞ。
https://note.com/monogatarukoubou/n/n7f519b055c62?sub_rt=share_pb
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目次
出来事ではなく、主観が物語を作る
同じ出来事でも、
- 物語になるもの
- ただの出来事で終わるもの
があります。
この違いは、
事件の大きさではありません。
誰にとって、
それが“起きてほしくないこと”なのか。
物語は、
出来事ではなく、
主観の衝突によって駆動します。
なぜ「良いこと」から始めると物語が死ぬのか
主人公が望んでいること。
主人公にとって都合の良い出来事。
それらが続く限り、
物語は前に進みません。
なぜなら、
- 判断が不要
- 選択が不要
- 失うものがない
からです。
物語とは、
一見すると主人公にとって望んでいることや都合が良い出来事であっても、選びたくない選択を迫られる構造が必要となります。
「反対の概念」を安易に混ぜる危険性
よくある失敗があります。
- 希望と絶望
- 成長と挫折
- 自由と責任
これらを
「バランスよく入れれば深くなる」と考えてしまうことです。
実際には、
反対概念は無計画に混ぜると薄まります。
物語に必要なのは、
両立ではなく、
優先順位をつけてどちらかに振り切った主観です。
主人公は、
どちらか一方を信じていなければならない。
だからこそ、劇的な効果が生まれます。
ブレーキとアクセルを両方ベタ踏みせず、優先すべき方を決めて調整する為に逆の物を使う方が良いわけです。
「こだわり」は美徳でも武器でもない
創作では、
よく「こだわれ」と言われます。
しかし同時に、
「こだわりすぎるな」とも言われます。
この矛盾は、
整理されないまま放置されがちです。
実際には、
こだわりとは、
何かを捨てる覚悟が伴って初めて機能するもの
です。
何かを捨てられないこだわりは、
判断を遅らせ、
物語の構造を歪めます。
こだわれば、それは同時に何かを捨てる行為と言う事なのです。
未完成を出すという選択
完成度が低いから出さない。
納得できないから止める。
それは、
創作ではよくある選択です。
しかし、
未完成を出すという行為は、
単なる妥協ではありません。
どこまでを「必須」と考え、
どこからを「切り捨てる」と判断したか。
そこに、
作り手の設計思想が最も露骨に現れます。
感動は、設計の「結果」として起きる
ここまで書いてきたことは、
すべて同じ一点に収束します。
感動は、
- 演出の巧さ
- 言葉選び
- 盛り上げ方
だけで生まれるものではありません。
どの主観を、
どこまで追い詰めたか
その設計の結果として、
後から「感動」と呼ばれる現象が起きる。
感情を制御不能な状態に、どうやって追い詰めるかは、設計にかかっています。
そんな事を考えなくても感動を作れる場合は、それは本能的に自然に感動を設計しているだけです。
つまり、感動とは意図して作れるという事になります。
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最初の一記事として、これを置いた理由
この文章は、
技法でも、テンプレでもありません。
**「物語を見る視点そのもの」**を
揃えるための記事です。
ここで違和感があるなら、
無理に読み進める必要はありません。
もし、
「これは確かにそうだ」と思えたなら。
この先の記事は、
すべてこの前提の上で書かれています。
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【創作論】創作時に感じる「創作動力」との繋がりを感じる瞬間、3選
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この視点を使って
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