創作論

テーマを増やすほど、物語はなぜ崩れやすくなるのか

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――「二つの大事なこと」を同時に描こうとして失敗する理由

創作をしていると、よく起こることがあります。

最初は
「この話では、これを描きたい」

という一本の芯があったはずなのに、

気づくと

「いや、こっちも大事だな」
「これも入れたい」
「このテーマも捨てがたい」

となっていく。

そして最終的に、

恋愛も描きたい
成長も描きたい
親子の和解も描きたい
社会批判も入れたい
友情も裏切りも救済も全部やりたい

みたいになって、

結果、

何の話だったのか分からなくなる。

これはかなりよくある失敗です。

いえ、失敗に陥るルートです。

しかも、真面目な人ほど起こりやすい。

「ちゃんと深い作品にしたい」
「薄っぺらくしたくない」

と思うほど、テーマは、油断すると増えやすいんです。

でもここには、かなり明確な落とし穴があります。

今日は

・なぜ並列テーマは失敗しやすいのか
・一つのテーマにはどれくらいの“物語の面積”が必要なのか
・二つのテーマを両立できる条件とは何か

このあたりを、整理して話していきます。


まず結論

――テーマは「数」より「主従」が大事

最初に結論です。

テーマが二つあること自体は、悪ではありません。

問題なのは、

どちらも同じ、あるいは似た「近い重さ」で描こうとすること

です。

ここが危ない。

ああ、危ない。

ええ、危ない。

創作って、

基本的には
「読者の注意力の奪い合い」

なんです。

読者は無限に集中してくれません。

だから、

この作品で
「今、一番見てほしいもの」

を明確にしないといけない。

つまり

主テーマと副テーマ

この関係が、管理が、必要なんです。

並列ではなく、主従。

これがかなり重要です。


並列テーマが失敗する理由①

――感情の焦点がぼやける

たとえば、

「母との和解」と
「世界を救う戦い」

この二つを同じ熱量で描こうとするとします。

すると読者は、

今どっちを大事に見ればいいの?

となります。

主従なら見方は分かりますが、並列にされると急に困る筈です。

困らないと思っているなら、それは主従で想像している可能性が高い。

母との会話で泣くべきなのか、
敵との決戦で燃えるべきなのか。

感情のメインレールが二本あると、

人は、意外と乗れません。

結果、

どちらも薄く感じる。

散らかって見える。

どういう態度で受け取れば良いかの解釈に体力と集中力を持っていかれる。

これは本当によくあります。

感動作のはずなのに泣けない。

熱い作品のはずなのに燃えない。

その原因が
「焦点の分散」

だったりします。

これ、かなりの人がやりがちかつ、厄介です。


並列テーマが失敗する理由②

――尺が足りない

これはかなり物理的な問題です。

テーマには、

ちゃんと“尺”が必要です。

恋愛を描くなら、

出会い
理解
衝突
選択
喪失
再確認

みたいな段階が必要です。

粒度、テーマ、ジャンル、等々で変わってくる物ではあっても、テーマをしっかり分かるように作ろうとすると、相応の尺は必須です。

親子の和解も同じ。

いきなり仲直りしても響かない。

ちゃんと積み重ねがいる。

つまり、

テーマには、十分育つための時間が必要

なんです。

ここを飛ばすと、

作者は感動してるのに
読者は置いていかれる。

「いや、急に泣かれても」

になります。

これはテーマ不足ではなく、

テーマの面積とか、量とか、描写の不足です。


一つのテーマに必要な物語の分量

ここは感覚論ではなく、かなり重要です。

ざっくり言うと、

一つの大きなテーマには、長編であれば最低でも物語全体の30%くらいは必要

となります。

もちろん作品によります。

あくまでも、目安です。

でも、

本気で
「これを描きました」

と言いたいなら、

数シーンでは足りませんよね。

テーマには

・提示
・反復
・揺らぎ
・対立
・選択
・回収

等々の、テーマに触れるシーンが必要です。

だから、最低でも必要な尺が発生する。

たとえば長編なら、

10章あったばい、中の3章分くらいは
そのテーマに関係していないと弱い。

当然、10章の内、10章が関係している方が良い。

これが短編なら、
ほぼ、全体がそれを支える必要があります。

だから、

主テーマを二本、完全並列でやる

というのは、

実はかなり重いんです。

普通に尺が足りません。

短編内で並列テーマをやるには、テクニカルなテクニックが必要になって来ます。

そうしないと、散らかったり、ちゃんと閉じない。


二つのテーマが両立する時

まずあるテクニックとして、それは「別テーマ」ではなく「同じ問い」になっているパターン。

重要です。

並列に見えて、上手くいく作品って、

二つのテーマがあるように見えて、

実は根っこでは同じ問いとかなんです。

たとえば

「恋愛」と「自立」

これは別テーマに見えます。

でも

「誰かを愛しながら、自分として立てるか」

なら、一つの問いになります。

「復讐」と「赦し」

も同じです。

「失ったものに、人はどう決着をつけるか」

なら一本になる。

つまり、

二本あるようで一本。

こうすると、一つのテーマとして扱えます。

逆に

恋愛も
政治劇も
ミステリーも
哲学も

全部それぞれ独立していると、

かなり危険です。

それは豪華ではなく、分裂状態になりやすい。

結局、一つのテーマに統合したり、複数のテーマを一つの物で表したり、何かしらの部分を一つにまとめる様なテクニックを駆使するのが、良いと言う風になります。


ねじれたテーマは特に難しい

さらに難しいのが、

テーマ同士が喧嘩している場合です。

たとえば

「自由こそ正義」

「秩序こそ正義」

みたいなもの。

これは面白いですが、

かなり難しい。

なぜなら、

作者自身が途中で迷うからです。

読者ではなく、作者が揺れる。

すると、

作品全体の判断軸が見えなくなり、悪いと消えます。

これは危険です。

だからこそ、

ねじれたテーマを扱う時ほど、

最後に
「この作品は何を肯定するのか」

を決めておく必要があります。

曖昧にすると、

深い作品ではなく
ただ散らかった作品になります。

ここは厳しいですが、本当です。

結局、どこかで主従を決めて一つにするわけです。


「全部大事」は、たいてい何も届かない

創作でよくある罠です。

全部大事。

全部描きたい。

全部捨てられない。

気持ちはすごく分かります。

でも、

読者に届くのは

作者が選んだもの

です。

選ばなかったものではない。

だから、

削ることは裏切りじゃありません。

むしろ、

本当に届けたいものを守るために削る。

これが創作です。

優しさって、全部を残すことじゃない。

ちゃんと届く形にすることです。


最後に

――テーマは増やすより、深くする

創作って、

テーマを増やすと深くなる気がします。

でも実際は逆で、

深い作品って、

だいたい一つのことを
ものすごくしつこく掘っています。

何度も
角度を変えて

見方を変え

切り方を変え

傷ついて
問い続ける。

それが深さになる。

二つ持つな、ではありません。

でも、

まず一本を最後まで握る。

それが先です。

その一本が本当に強ければ、

他のテーマは自然とそこに絡んできます。

無理に増やさなくても大丈夫。

むしろ、

ちゃんと一つを信じた方が、

作品はずっと遠くまで届きます。

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