コラム

「それ、もう続かなくてよくない?」を「いや、残ってほしい」に変えるには?

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嫌われていたものを、許されたものに変えていく方法の考察

伝統が続くためには、外部的継続性、周囲から「存在していていい」と思われること、と

内部的継続性、実際に、無理なく回り続けること、この二つが必要だという話をしました。

今回は、そこから少し踏み込みます。

今の価値観では「続いてほしくない」と思われているものを、どう変えるか

です。

これは、恐らく、かなり厄介です。

たとえば、

古い慣習。
嫌われている業界。
誤解されている文化。
時代遅れだと思われている仕組み。

本人たちは
「大事なんだ」
「必要なんだ」

と思っている。

でも外から見ると

「なくなった方がいいのでは?」

と思われている。

あるいは、実現しようとしている野望が、反社会的とか、何かを冒涜していたり、誰かを傷付ける恐れがある。

この状態。

ここで

「分かってもらえない!」

と怒るだけでは、

たいてい、事態は悪化していきます。

なぜなら、相手には相手なりの理由があるからです。

今回は、どうすれば「続いてほしくない」を

「続いてもいい」
できれば
「続いてほしい」

に変えられるのか。

その辺を、考えてみます。

反対意見を変えられたら、大したものですよね?


まず“嫌われる理由”を認める

最初に結論です。

一番やってはいけないのは、批判そのものを無視することです。

「伝統だから」
「昔からあるから」
「分からない人には分からない」

分かって貰おうとは思わない。

これだけで押し切ろうとすると、

反対派が影響力を持っている場合は、だいたい失敗します。

なぜなら人は、理由なく嫌っているわけではないから。

不公平。
不便。
排他的。
怖い。
古臭い。
損をする。

何かしらの、明確な続いてほしくない理由がある。

それは、本当は言っていないとか、分かってもいない事かもしれなくても、存在している。

そこを無視して「理解が足りない」と言っても、火に油です。

だから最初に必要なのは、それが避けられない、守り切れないなら、嫌われる理由を、ちゃんと認めることです。

隠れたり防御より先に、診断し受け入れる事。

ここを飛ばすと、擦り合わせは始まりません。


方法①

――「何が嫌われているのか」を分解する

まずやるべきは、雑に「世間に嫌われている」で済ませないことです。

嫌われ方には種類があります。

・存在そのものが嫌われている
・やり方が嫌われている
・一部の人だけが嫌われている
・誤解されている
・昔の印象が残っている
・説明不足

これ、大抵の場合、ちょっと違います。

たとえば、祭りが嫌われているんじゃなく、深夜の騒音が嫌われているだけかもしれない。

業界が嫌われているんじゃなく、一部の横暴な人が原因かもしれない。

ここを雑にすると、擦り合わせる場所を間違えます。

「文化を守るため!」と叫びながら、実際には、改善できる部分を放置してしまう。

そこが触れたくない場合、それもバレます。

これはかなり多い。

まず、嫌われているのは、本体なのか、運用なのか、それ以外なのか。

ここを、どんどん分ける。

分かるようにする。

これが、かなり重要です。


方法②

「誰が得をするのか」を見える形にする。

人は、自分に関係ないものを、わざわざ守りません。

だから、残したいならそれがあることで、誰がどう助かるのかを見せないといけない。

これが弱いと、「身内だけで盛り上がってる」に見える。

見えるだけでなく、そうなってしまう。

たとえば、地域の祭りなら、観光収入だけじゃなく、孤立した高齢者が年に一度ちゃんと人と会える場かもしれない。

古い商店街なら、ただのレトロではなく、子どもが一人で歩ける最後の場所かもしれない。

ここを言語化する。

「守りたい」ではなく「これが消えると、誰が困るか」。

存在理由は、感情だけでは伝わりにくい。

それがある、構造部分を特定して見せること。

無いなら、それはマズい。


方法③

痛い部分は、本当に変える。

ここを避けると、平行線。

大抵ダメです。

批判の中には、ただの誤解ではなく本当に直すべき部分があります。

そこを「伝統だから」とか「夢だから」とか「力があるから」と、守ろうとすると、全体ごと、いつか沈みます。

たとえば、

理不尽な上下関係。
不透明なお金。
排他的なルール。
新規参加しづらい空気。

こういうもの。

これは、誰かにとって心地良くても、本質部分ではなく、腐った状態であることが多い。

なら、切るしかない。

守るために削る。

既得権益に切り込む。

これが必要です。

伝統を作る、守るって、全部を保存することじゃありません。

むしろ、いらないものを剥がして、芯を残すこと、残せる状態にする事です。

ここをやれないと、支持は戻りません。

生贄の儀式で、生贄を模した人形や料理で行うのと、実際に人を神に捧げるのでは、どちらが現代でも残りそうか。


方法④

新しい人が入れる入口を作る。

続いてほしくないと思われるものって、だいたい「閉じている」んです。

内輪。
暗黙のルール。
説明しない。
初見に冷たい。

特権、贔屓、特別扱い。

これだと、

外から見ると、敵に見える。

そう思われるだけでもマズい。

上級国民なんて蔑称があるぐらい。

だから必要なのは、入口。

見学できる。
説明がある。
初心者でも失敗していい。
参加しても恥をかかない。

安心や楽しみ方を最速で体感させてくれる。

これだけで、かなり変わります。

人は、知らないものを怖がる。

でも、知ったものには、意外と優しくなる。

閉じた伝統は、守っているようで、実は自分で寿命を縮めています。

隣人の騒音も、隣人が友人だと赤の他人より許せる様な物。


方法⑤

「昔はこうだった」ではない。

「これからこうしたい」を語る。

これが、かなり大事です。

人は、過去の話だけでは、あまり動きません。

興味無い思い出話、自慢話ほど面白くない物は無い。

でも、未来の話には反応する。

だから「昔から続いてきた」「ここまで作って来た」だけでは弱い。

それより「これからも、こういう役割を持ちたい」の方が圧倒的に強い。

未来に接続する。

何度も言いますが、伝統って、過去の保存じゃなく未来への継承なんです。

ここが語れないと、ただの懐古になります。

ただの自分勝手だと、これを語れません。

上記の条件を満たして語るから、支持を得られ、受け入れられる。

そうしないと、広がらない。

残らない。

存在を許されない。


最後に

「残したい」は、まず他人の都合を考えること。

人は、自分に必要なものを残します。

不要だと思ったものは消える。

これは残酷ですが、基本です。

電話帳の整理だって、必要な物はいつまでも残る。

不要な物は、リセットしたり、いつの間にか消えている。

だから、何度も書いているが、何かを続けたいなら「自分が好きだから」だけでは足りない。

相手にとって、存在する理由を作らないといけない。

しかも、

ちゃんと改善しながら。

ちゃんと開きながら。

ちゃんと未来に向けながら。

それをやって初めて、現状の「続いてほしくない」が「まあ、あってもいいか」になり、そこからやっと「いや、残ってほしい」になる。

出来る可能性が生まれる。

伝統って、勝手に守られるものじゃありません。

何度も、長らく、存在を許され続けた、続ける、そう言うものです。

だから守りたいなら、作りたいなら、まず許される努力から始めた方がいいんです。

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