目次
「不愉快にさせる展開」は、なぜ発生するのか
物語において、
- 快感を感じさせる
と
- 不快感を感じさせる
は、真逆であるが、構造が似ている部分がある。
作者側が、
- 衝撃を与えたかった
- リアルを描きたかった
- 重いテーマを扱いたかった
- 緊張感を出したかった
だけなのに、結果として読者側には、
- 苦痛
- ストレス
- 理不尽
- 不誠実
として、主に処理される場合がある。
だが、それは確かに快感にも繋がる筈の物だったのだ。
さらに問題なのは、不快は意図的演出として使われる事もあるため、失敗と成功の境界は、誰にとって望みや狙い通りかと言う、曖昧な点である。
今回は、その辺も踏まえつつ、視聴者や読者等を不快にさせる表現を考察する。
不快そのものは悪ではない
最初に重要なポイントだ。
実は「不快」自体は、必ずしもマイナスではない。
例えば、
- 戦争作品
- ホラー
- 悲劇
- 社会派作品
- サスペンス
等は、不快感をスパイスとして利用する。
そう、不快は味で言えば、渋味、苦味、辛味、みたいな物だ。
そこで問題なのは、「読者が受け取る苦痛に対し、意味・快感・納得が不足する」状態の発生である。
つまり、
- 苦痛だけある
- 消耗だけある
- 回収が無い
- 意図が読めない
等となると、強い不快だけが残る。
料理の味を際立たせたり、他の味に際立たせられる要素であれば受け入れられるが、それだけが強烈に主張している状態になると、途端に受け入れがたくなる。
コーヒーの苦味や酸味だけを残し、香りを極端に少なくすれば、かなり人を選ぶコーヒーとなるのと同じだ。
1. 理不尽が「制御不能」に見える
理不尽は、かなり強いストレスを作る。
そして、読者が耐えられる理不尽には、それなりに条件がある。
例えば、
- 原因がある
- 対抗手段がある
- 成長余地がある
- 意味がある
- 最終的に報いがある
などだ。
逆に、耐えられない、不快になる理不尽は、
- 何をしても無駄
- 全努力が意味なく否定される
- ルールが存在しない
- 作者の気分で変わる
みたいな状態。
これは、ルールやゲームとして成立していない感覚を生む。
そんな物に時間やコストを払いたい人は、普通は、まずいない。
2. キャラクターが作者の操り人形に見える
例えば、
- 急な性格変更
- 不自然な裏切り
- IQの急低下
- 強引な失敗
- 都合の良い誤解
などで、キャラクターにとって不自然な言動が見られる状態。
読者は、キャラクターを人格として見ている。
キャラクターが存在しない、実在しない事は分かっているが、その世界に存在する事を前提に見ている。
そこに、「作者が展開のために動かした」痕跡が見えると、没入が一気に壊れる。
これは単なる不自然な描写なだけではなく、作者や作品の信用を破壊する。
3. 苦痛に意味が無い
悲劇そのものは、受け入れられ、楽しめる。
不快が含まれても、問題ではない。
問題は、
- 苦しんだ結果、何も残らない
- 死が以降の物語に影響しない
- 成長が無意味化される
- 犠牲が雑に消費される
みたいなことだ。
これは、嬉しくない。
人は、苦痛の意味化を求める。
可能なら、美化され、報われる事を求め、それが愛するキャラクターであれば尚更だ。
逆に言えば、意味化されない苦痛は、現実の嫌な体験に近づく。
そこにあるのは、嫌で、管理されている様に見えない、求めていないリアリティだ。
そんな事は、それを疑似体験出来るコンテンツでもない限りは、誰も求めていない。
4. ストレス期間が長すぎる
人には、耐久可能な限界がある。
例えば、
- ずっと虐待
- ずっと敗北
- ずっと誤解
- ずっと曇らせ
- ずっと停滞
みたいな「まだ続くの?」って状態。
重要なのは、そこからの回復、逆転のターン。
ゲームでも、永遠に毒ダメージを受けたり、麻痺し続けたり、ハメ技を喰らい続けると、かなり不快になる。
物語も同じだ。
希望、救済、達成、勝利が必要だ。
5. 「作者だけが気持ち良い」状態
例えば、
- 過剰な、お説教
- お気に入りキャラ優遇
- ヘイト誘導
- 特定思想の押し付け
- 過度な読者煽り
などだ。
作品やクリエイターを想像しちゃった人もいるのでは無いだろうか。
読者は敏感に、「これは作者の感情処理だな」を察知する。
すると作品世界ではなく、作者の存在が前に出る。
そして、その作者の語りに共感しきれない場合、ここで没入が一気に切れ、冷める。
楽しみたいのは作品であり、作者の自分語りは作品に溶け込んでいないならお呼びでは無い。
作品に昇華しきれない自我は、律した方が良い。
6. 不快描写が目的化する
例えば、
- 過剰な残虐描写
- 過剰な性的暴力
- 過剰ないじめ描写
- 過剰な精神破壊
などが、作者が描いていて、作品のテーマより前にあって、作品がそれらを描写する言い訳みたいになっている状態。
これ自体はジャンルによっては、許容されるし、快感さえ生み得る。
問題は、何のために存在するかだ。
- テーマ
- キャラクター
- 世界観
- 物語
等と結びついていない場合、単なる、癖を詰め込んだ表現の消耗とさえなる。
読者が、「で、何がしたいの?」となってしまうと、作品がそこで止まって、過激な表現のデティールにばかり力が入って停滞を起こしてしまう。
これは、余談だが、バトル漫画の「描かなくても良いバトル」を全部丁寧に描いたりにも、似た現象が起きる。
全試合がベストバウト的に面白ければ良いが、全部を全部丁寧に描写すると言う姿勢は、取捨選択が出来て無いだけになりかねない。
7. 回収不足
例えば、
- 伏線の放置
- 感動不在
- 関係性放置
- 問題放置
- ヘイト管理放棄
などは、ほうっておけるが、放置が厳禁だ。
人間は、明らかなノルマやタスクの未完了にストレスを感じる。
引っ張ったのに回収しないは、期待を裏切る事になる。
読者は審査員かつ宿題の採点をする先生みたいな物で、創作者は審査を受ける参加者であり、宿題を提出する事が義務の生徒みたいな物だ。
提出物を出さない事は、プラスに働かない。
8. ご都合主義の方向が悪い
ご都合主義自体は、使い方次第で問題にならない。
問題は、使ってはいけないタイミングでの使用と「読者の欲求方向とズレる」ことだ。
例えば、
- 敵だけ異様に都合が良い
- 展開の都合で主人公が急に無能化
- 重要局面だけ偶然で事が進む
- 努力を無駄と言わんばかりの運による進展
などは、筋が悪い。
読者は、「積み上げが機能していない」と感じたり、「そっちに優遇して何をしたいの?」とセンスを疑う。
これは、物語に対する作者のスタンスという信頼性の低下に繋がりかねない。
やるからには、見る人に「意味があったんだ」とか「この為の溜めだったのか」と納得出来る、報いを用意するぐらいは必要になる。
思いのまま、その場その場、行き当たりばったりは、感情任せは、チャンネルが合っていないと悲惨な方向に作品も作者も進んでしまう。
9. 感情誘導が露骨
人は、明らかに泣かせようとしている、を作品の流れではなく、人為で感じると急速に冷める。
例えば、
- BGM頼り
- 長すぎる独白と不自然に臭いセリフ
- 不幸の盛りすぎ、生えてくる不幸や同情ポイントの山
- 明らか過ぎる死亡フラグ
- 過剰な演出
などは、やり過ぎ注意だ。
重要なのは、感情が自然発生している、とか、展開が自然と言う、自然になるべくしてなる感覚。
下手な誘導が見えると、急に操作感が出る。
下手な演者や演出は、感動に水を差す。
10. 読者との契約を破る
作品には、暗黙の契約がある。
例えば、
- ミステリーなら推理可能性
- ラブコメなら関係進展の期待
- バトルなら成長への期待
- 日常系なら安心感
などだ。
ジャンル毎のノルマや、暗黙の了解である。
これを完全に破ると、見る人は裏切られたと感じる。
- 推理不能で謎も面白くないミステリー
- 進展しない恋愛
- 努力が無意味なバトル
- 急な主要キャラの死亡
みたいな物は、ジャンル的に異質や、アウトとなる。
だが、もちろん意図的に破る作品もあり、その場合は契約破壊そのものを全体なり単話でのテーマとしている場合に限られ、ジャンルを利用したメタな挑戦的手法で無ければ、受け入れるに値する物は、そうそう出来ない。
おわりに
不快とは「精神的な負荷」だ。
読者は、
- 悲劇
- 苦痛
- 不安
- 絶望
そのものには耐えられる。
問題は、「なぜそれが必要なのか」が見えなくなることだ。
人間は、意味ある苦痛には耐える気持ちになれる。
逆に、納得感が無くなると、ただの不快へ変わっていく。
つまり読者が嫌うのは、表面的な辛い展開ではなく、その流れの末に伝わってくる「読者が作者を信用できなくなる様な創作態度」と言えるだろう。
エンタメは、何らかの感動で楽しませる事が媒体としての目的なので「この作者、受け取り手を楽しませる気が無いのでは?」が透けて見えると、もう嫌になっちゃうわけだ。



