コラム

「安心できる場所が無い人」は、どうやってコンフォートゾーンを作るべきか? 作れるのか?

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後天的に構築する人は、どうすれば

「実家が落ち着かない」
「どこに居ても気が休まらない」
「人と居ると常に警戒する」
「一人でも不安、集団でも不安」
「休んでいるのに休めない」

こういう感覚を持つ人は存在する。

そして重要なのは、これは単なる甘えや怠惰ではなく、「コンフォートゾーン(安全基地)」の形成が無いか、あっても弱い可能性がある。

本来、人間は、

  • 安全
  • 受容
  • 予測可能性
  • 所属感
  • 失敗許容

等を感じられる場所を持つ事で、神経系の警戒モードを下げやすく出来る。

しかし、

  • 家庭が不安定
  • 常に怒声がある
  • 監視が強い
  • 感情が否定される
  • いじめられる
  • 孤立して感じる
  • 頻繁な環境変化がある
  • 安心している時に攻撃される経験がある

等があると、「安全そのものを信じにくい」状態になる事がある。

すると、常時サバイバルモードが続きやすい。

そうしないと、生き残れない、危機回避が出来ないからだ。

これは、創作環境構築にも関わる。

今回は、

  • なぜコンフォートゾーンを持てないのか
  • なぜ「休め」が効かないのか
  • 後天的にどう構築するか

等を、いくつかのルートに分けて整理する事を試みる。


「コンフォートゾーンが無い」は珍しくない

危険なのは、「普通の人は自然に安心できる」と思い込む事である。

実際には、

  • 家でも緊張
  • 学校でも緊張
  • 職場でも緊張
  • SNSでも緊張
  • あらゆる人間関係で緊張

という人は珍しくない。

特に、

  • 空気読みが過剰
  • 顔色確認癖
  • 過覚醒
  • 先回り防衛
  • 拒絶過敏
  • ミスの恐怖

等が強い人は、「安全確認」が終わらない。

失敗が怖い。

つまり、脳が常時「次の危険」を探している状態となる。


問題は、「安心経験」が少ない事

コンフォートゾーンとは、単なる快適空間ではない。

重要なのは、「危険が来ない経験の蓄積」の方である。

例えば、

  • ミスしても即切り捨てられない
  • 黙っていても怒られない
  • 疲れていても責められない
  • 本音を少し出しても安全
  • 沈黙が敵意扱いされない
  • 不快なイジリに遭わない

等、こうした経験が、神経系に、「この状況では、常時警戒しなくていい」を学習させる。

逆に、安全時に攻撃された経験が多いと、「安心=油断=危険」になってしまう。


「物理的安全圏」を先に作る

最も重要なのに軽視されやすいのが、これだ。

精神論より前に、物理環境が重要である。

例えば、

  • 一人になれる
  • 鍵を掛けられる
  • 怒声が飛ばない
  • 睡眠妨害が少ない
  • 勝手に侵入されない
  • 所有物を荒らされない

これらは、かなり重要だ。

当たり前に思える人もいるだろうが、これらが当たり前では無い人が、世の中沢山いる。

神経系は抽象論より先に、物理危険を検知する。

つまり、「安全な考え方」より、「安全な空間」の方が優先順位が高い場合があるし、それが無いと実際的な安全を確保し辛い。


「人」ではなく「習慣」を安全基地にする

コンフォートゾーンというと、理解者や恋人を想像しやすい。

家族、恋人、親友、先生、等々。

しかし、人間依存だけだと、場合によっては不安定になりやすい。

そこで有効なのが、反復可能な安全習慣である。

例えば、

  • 同じ飲み物
  • 同じ散歩ルート
  • 決まった音楽
  • 読書
  • ゲーム
  • 創作
  • 日記
  • ルーティン

など。

これらは、各個には小さく見えるが、小さくとも予測可能性を作る。

予測可能性は、神経系にとってかなり重要である。


「否定されない小規模関係」を持つ

コンフォートゾーンにおいて重要なのは、「大勢に好かれる」ではない。

むしろ、

  • 一部だけ話せる
  • 全部説明不要
  • 常時テンション不要
  • 演技コストが低い

関係の方が重要である。

ここで危険なのは、「運命的理解者」を求めすぎる事である。

これは依存や搾取へ繋がる場合がある。

現実には、

  • 少し話せる
  • 少し安心できる
  • 少し境界を守れる

程度の関係を複数持つ方が、まずは安定しやすい。

ソウルメイトなり大親友なり愛する誰かと出会う事は、別に考える方が良い。


「自己否定しなくていい時間」を増やす

コンフォートゾーンが無い人は、休息中にも自己攻撃している場合がある。

例えば、

  • 「こんな事してていいのか」
  • 「もっと頑張るべき」
  • 「価値が無い」
  • 「サボってる」
  • 「怠けてる」

等だ。

すると、身体は止まっていても、神経系は休まらない。

ここで必要なのは、「生産性が無くても存在していい時間」を少しずつ増やす事である。

ただし、これは、人によっては難しい場合もある。

なぜなら、自己価値が成果依存化している場合、休息そのものが不安になるからである。

忙しくないと不安とか、まだ何も成していない、何者にもなっていない自覚があると、そちらを埋めないと、と言う不安が邪魔をしてきて、自分で自分を休ませる事が難しい。


「警戒モードが必要だった過去」を理解する

コンフォートゾーンを持てない人は、「自分が異常だから安心できない」と思いやすい。

無能だから、不幸だから、不運だから、こうだから、ああだから。

しかし実際には、

  • 家庭が不安定
  • 怒鳴られる
  • 突発的被害
  • いじめ
  • 支配
  • 過干渉
  • 無視
  • 予測不能環境

等への適応として、警戒能力が発達した可能性がある。

つまり、コンフォートゾーン的に何かしら「壊れている」だけではなく、「危険環境用に最適化された」とも言える。

これは、野生を生きるとか、サバイバルする上では正解の最適化とも言える。

まず、ここを理解しないと、「普通になれない自分」への自己攻撃をしてしまう人もいる。


「安全」は急に来ると逆に怖い

長期警戒状態の人は、安全環境へ入っても、

  • 落ち着かない
  • 疑う
  • 試し行動する
  • 距離を取る
  • 自分から壊す

事がある。

なぜなら、神経系が、

「安全は罠かもしれない」

と学習しているからである。

保護されたばかりの野生動物みたいな物だ。

つまり、コンフォートゾーン不足の人は、安全を獲得するだけでなく、安全に慣れる必要もある。


「安心できる人」を探すより、「安心できる状態」を増やす

コンフォートゾーンを、特定人物だけに依存すると、

  • 恋愛依存
  • 共依存
  • 支配
  • 捨てられ不安

へ繋がりやすい。

そのため現実的には、

  • 空間
  • 習慣
  • 人間関係
  • 思考
  • 身体感覚

へ分散させる方が安定しやすい。

あとは、それらを、自身の状況において、いかに手に入れるかと言う話になる。

当然だが、それが一番難しい。


終わりに

コンフォートゾーンを自然獲得できる人も居る。

一方で、「安心そのものを学習できなかった」人も存在する。

その場合、必要なのは、「一気に人生を変える事」ではなく、

  • 危険を減らす
  • 予測可能性を増やす
  • 小さな安全を反復する
  • 警戒を少しずつ下げる

事である。

そして重要なのは、コンフォートゾーンとは、「甘やかされる場所」ではなく、「常時サバイバルしなくていい場所」だという点なのかもしれない。

そして、コンフォートゾーンを獲得する為や、したからこそ、人は何かに挑戦する事が出来る部分がある。

コンフォートゾーンは、それほど人とって大事な物と言えるだろう。

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