コラム

不運の正体を見極める事への考察

記事内に商品プロモーションを含む場合があります

世の中には不運という言葉で片付けられる出来事が溢れています。

しかし、不運と呼ばれているものの多くは、明確な構造や仕組みによって引き起こされているに過ぎません。

不運をただの理不尽な災難として片付けるのではなく、その種類や発生の仕組みを分解し、適切な向き合い方を整理することで、無駄な消耗を防ぎ、人生のコストを最適化することができます。

不運の仕組み

なぜ不運は起きるのか?

不運に出くわすとき、そこには大きく分けて三つの構造的な理由が存在します。

一つ目は試行回数に比例する確率的アクシデントです。

例えば、何かに偏って大量の行動を起こしたりする場合、それに伴うトラブルやアクシデントに遭遇する確率そのものが物理的に上昇します。ネットショッピングの回数を増やす場合、配送事故や不良品遭遇率が上がる様な話です。これは運が良い悪いだけの問題ではなく、母数が増えたことで確率の網に引っかかっただけの、必然性が存在する結果です。

二つ目は環境のデフォルト値です。

例えば、特定の組織やシステムの中では、質の低い状態やハズレの要素が多数派を占めている場合があります。職場や学校、あるいは家族など環境において、いわゆる「質の低い指導者や構成員」に遭遇する確率は、良い人員に恵まれる確率よりも圧倒的に高いです。これは、不運に見舞われたのではなく、その環境の標準仕様(普通)が低いというだけの話です。良い人員に遭遇する事がラッキーなだけであり、ちょっとやそっとの悪い人員に遭遇する事は普通であり、ヤバい人員に遭遇してようやくアンラッキーと言うわけです。

三つ目はカウントするマイナスの大きさです。

例えば、階段の1段目で転ぶのと、最上段で転ぶのでは、不運の処理は変わります。不運のカウントは小さい物から可能ですが、環境やプロジェクト等の成功確率を高める為には小さな物を潰す事も重要ですが、個人が自分の人生の不運をカウントする場合に小さな物を全部カウントしていると、人生の大半は不運で埋め尽くされてしまいます。不運とは、悪い偶然によって平常状態が崩れる事ですが、これは良い偶然によって平常状態が崩れるラッキーよりも遭遇率が必然的に高い事です。宝くじを買って当たる確率が低い様に、ラッキーとはピンポイントの偶然への遭遇ですが、アンラッキーとはそれ以外の全てで遭遇し得る面の偶然への遭遇に近い物です。つまり、カウントするマイナスの大きさを大きく設定しておけば、小さな不運はデフォルトに沈めて、気にする必要が無くなるわけです。ハインリッヒの法則(1:29:300の法則)にある300や29を自分の人生でわざわざ数えるかどうか、みたいな話ですね。

不運の分類

何が起きているのかを見極める事は、不運に対してとても重要です。

発生したトラブルがどのカテゴリに属するのかを正しくラベリングすることが、対処の第一歩となります。

・構造的な確率的不運:自らの行動量や試行の多さに起因して発生するトラブル。接触頻度が引き金となっているため、ある程度の発生はコストとして許容する必要があります。

・環境的デフォルト(普通):個人の運不運ではなく、その環境がもともと持っているマイナスの仕様。ベースラインが低い状態そのものを指します。

・自然か人為的か(被害性):例えば、適正な対価を支払い、正当な条件や契約を結んでいるにもかかわらず、環境や相手の過失や虚偽によって発生する理不尽なマイナス事象の場合は、責任者や加害者が存在していて不運が発生しています。

環境的不運への向き合い方例

例えば、指導者が低品質であるために授業がまともに機能せず、生徒の成績まで下がってしまったとします。

このとき、指導者のせいにして勉強を放棄することは、生徒の人生において損失を生みます。

平常時が低品質な環境に対して他責でアプローチしても、環境は「これが普通です」と補償する根拠も能力も存在しないため、ただ不運な状態となった人が損をするだけです。

その様な場合は、環境のデフォルトに対して怒りや補償を求めることよりも、環境はそういうものと割り切って、人生から切り捨てることです。

その上で、必要な知識や環境は自らの手で別の場所から調達し、補うことが求められます。

責任者がいる下振れ的不運への向き合い方例

加害者や責任者が存在する場合、正当な要求を通す事で不運を補填出来る可能性があります。

明らかな下振れに対しては、平常状態への補償や正常な権利を求めることが適正な姿勢となります。

例えば、対価を払って購入した商品が不良品であった場合や、提示された条件に嘘偽りがあった場合、暴力を振るわれ怪我をした、物を盗まれた、等です。

これは確率や環境のデフォルトだけではなく、法律や契約の違反や構造的なエラーであるため、泣き寝入りすることなく、適正な状態を手に入れるための正当な要求を行わなければなりません。

世界を仕組みとして捉えると

世界は優しくできていません。

確率の試行回数によってトラブルを引き起こし、多くの環境ではデフォルトの質が低く、時には加害に晒され、その中には明確な下振れが人生に牙を剥きます。

しかし、不運の種類を見極めると、対応やカウントをする事が正しいか、無駄か、少なくとも人生のリソースを割く対象かどうかの判断がしやすくなります。

環境のデフォルトは、個人で立ち向かっても大変なので、大抵の場合は切り捨てで対応し、行動量に起因するリスクは軽微な不運なら構造として受け入れ、責任者や加害者がいる場合には対処を求め、大きく下振れした明らかな不運かつ、取り戻せる余地が大きい事にだけ正当な要求を突きつける。

それだけで、不運に振り回されることなく、自分のリソースを本当に必要なものに集中させることができます。

世界はザックリとこういう仕組みであると理解し、ロジカルに処理していくことで、不運と上手く向き合うヒントになれば嬉しい限りです。

物語る工房をもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む