時代は進歩しつつも繰り返す
結構前のラジオで、週刊少年ジャンプの元編集長「Dr.マシリト」こと鳥嶋和彦さんと『SPY×FAMILY』『チェンソーマン』等の編集者として有名な林士平さんが対談していた。
その中で雑に言うと、鳥嶋さんは「少年に向けた漫画」を軸に静かに熱く語り、対して林さんは「現在の人に向けた何か影響を与えられる漫画」的な軸で静かに熱く、鳥嶋さんに気を遣いつつも、謙遜しつつ現在のトップ漫画編集者の一人として果敢に語っていた。
それぞれの性格や姿勢が出ていて聞いていて非常に面白い対談だったが、その中で「時代を表す」とか「際を狙う」とか面白い話題は沢山あった中で、現在のエンタメ市場が市場の構造変換によって「昔に比べて粗製乱造か否か」と言う話があった。
鳥嶋さんがラジオの中で指摘した様に、現在の市場を見ると粗製乱造と言う見方は出来るだろう。
だがそれは、個人が力を持つ時代で、プラットフォームを使えば発表の場を個人が確保出来ると言う環境なのと、資本主義的に商売として商品として魂がこもらない作品が多く売り出される状況を見れば、粗製乱造と言う側面が創作者や編集者の様な立場の人の怠慢ではない事も理解出来る。
時代である。
それに対し林さんが返した様に、名作の登場比率は時代毎に大して変わっていない様な肌感もある。
古い作品の全てが名作な訳では無く、昔は昔で粗製乱造は散々されていた。
市場だけでなく創作環境の変化もあるので一概に昔よりも粗製乱造が目立つと言うのは少し乱暴だ。
分母が増えたから絶対数が多い事で、粗製乱造が目に留まる率も高まるのは、仕方が無い。
漫画だけで見てもツールや制作体制の多様化や、創作手法の共有や一般化で、分かりやすい部分で言えば昔に比べると表現クオリティは圧倒的に進歩している。
内容やテーマも、漫画と言う概念が子供やオタクの物だけでは無くなり、一般化してあらゆる人が当たり前に楽しむ物となった事で、昔に比べて広いターゲットに対して様々な物を供給して、漫画を描いて見て貰う事で、楽しませたり驚かせたり気付きや癒しを与えたりと言う事が、マッチング次第で実現しやすくなっている。
両者が正しい事を言っているが、分かり合えない部分があるのは、生きている時代観にズレがあるからだろう。
だが、両者が正しい事を伝えようとしている事も、また事実だ。
そんな作品の分母が増えた事で、粗製乱造に見える様になった玉石混交なコンテンツ時代だが、市場の変化によって作る側だけでなく受け取る側も変化して、受け取り手の変化に作り手が対応しなければならない。
これは、各時代に起きた事の別バージョンの焼き直しでしかないが、今回は、そんな話。
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