エログロ縛りと言う訳ではないが
なんか、今回見た作品、グロばかりな気が。
モンスター エド・ゲインの物語(2025)
ネットフリックス配信の海外実写ドラマ作品。
あらすじ
<内容>
ウィスコンシンの地方の農場でひっそりと暮らす、心に闇を抱えたエド・ゲイン。彼はやがて、自分を支配しようとする母親へのゆがんだ執着心に駆り立てられ、凄まじい狂気へと堕ちていく。
構成
本作は、猟奇殺人犯の人生をテーマとしたモンスターシリーズの一つ。
エド・ゲインの人生を描きつつ、同時にエド・ゲインに影響を受けたエンタメや、他のシリアルキラー等を並行して描き、エド・ゲインがいかに強烈な存在であったのかが描き出される。
エド・ゲインの物語
超有名な実在の連続殺人鬼であるエド・ゲイン。
本作では俳優達の演技の凄味、ぼかさないグロ表現や、物語としての整った構成によって、人を選ぶが極上の犯罪者物語としてまとめ上げられている。
本作内では母親からの虐待と統合失調症に加えて、当時エンタメとして蛮族の干し首やらナチスを描いた雑誌に悪影響を受ける等して行った結果、怪物として完成していく所までが前半(5話まで)で、後半(8話まで)は逮捕されたエド・ゲインが統合失調症の治療を受けながら怪物から人に戻っていき、肺がんで亡くなるまでが描かれ、視聴後感は複雑だ。
物語開始時点で狂気的な宗教家の母親からの支配を受けていて雲行きは怪しく、早々に実の兄を誤殺するが無関係を装い怪物の片鱗を見せ始める。
物語の中では、この誤殺された兄だけがエド・ゲインを怪物になる道から遠ざけられそうだったのが、早々とブレーキが壊れる事で不穏さが物凄い。
その後、母親が死に、以降のエド・ゲインは母親の幻覚に振り回されながら雑に墓荒らしや殺人を繰り返し、家では人体を加工した家具や服を作り始める。
しかし、普段の人当たりから捜査線上に現れても怪しまれず、警察が家の中で死体を発見されるその時までエド・ゲインは残虐な事件を繰り返し起こしていく。
途中、彼女にバレたり、ベビーシッターをした子供達に死体を披露したりした物の、彼女も同族的に狂っている所があって放置したり、子供は判断力が無かったりで事件を止め損ねて、見ていて歯痒い。
なんといっても本作でキツイと感じたのは、エド・ゲインの伝説でも有名な、刑事がエド・ゲインの家に入って吐いたり発狂したりと言った話のくだりである。
劇中では、被害者の女性が刑事の一人の母親で、刑事が母の無事を祈ってエド・ゲインの家を捜索していたら、母親が家畜を解体する様に吊るされた状態でバラバラにされて殺されている状況に遭遇してしまう。
そりゃ発狂もするわ。
(Wikipediaによると史実では、発狂した刑事と被害者の女性は無関係っぽい)
その後も、母親の死体が事件の証拠品扱いされたり、そもそも大勢の女性がバラバラに加工された事で、検視官が死体パズルをさせられて、母親を殺された刑事は母親を埋葬するまで時間がかかり、他にもいろいろあって憔悴しきってしまう。
その上、肝心のエド・ゲインは統合失調症で事件の記憶が殆ど無いと言う事で、精神病院に入れられるだけで罪に問えずと、被害者達からすると酷く不愉快な結末だ。
刑事がおかしくなっただけなって終わるパートは、不完全燃焼や消化不良感が物凄く、スッキリしない。
その後で、精神病院で精神科医がエド・ゲインを診察するパートで、ようやく怪物としてのエド・ゲインを倒し、エド・ゲインが人間に戻り始め、多少なりと気分が晴れる。
なのだが、ラストでエド・ゲインが死亡時に、あの世で母親に認められ心が救われる描写が入るのだが、これが統合失調症で苦しんだエド・ゲインが最後に救われたと取るか、統合失調症のまま都合の良い妄想を見て死んだと取るか、いずれにしてもエド・ゲインのやらかしがデカ過ぎて「何最後に幸せに死のうとしてんだ、てめぇ」と言う不愉快さが勝り、ここは賛否両論を呼びそうな所であった。
エド・ゲインに変えられた世界
エド・ゲインの人生と並行して描かれる、その影響。
ヒッチコック、レザーフェイス、エログロエンタメへの影響に、実際の連続殺人鬼達からのエド・ゲインへのリスペクトや崇拝。
日本の作品でも、ゴールデンカムイ等のエド・ゲインの影響を受けた作品、またはキャラクターは数多くいて、モチーフやテーマとして圧倒的なパワーがある事は疑いようがない。
本作で面白いのは、精神病院の院長?に肺がん宣告後に「自伝でも書けば?」とエド・ゲインが言われたのに対し、統合失調症ゆえに「僕よりみんなの方が僕の事を知っているよ」的な返しをする洒落たやり取り。
それをしつつ、劇中では何度も、エド・ゲインをモチーフにした映画シーンをオマージュした妄想や犯行を劇中で描き、エド・ゲイン自身が自分の事が分からない事で、エド・ゲインをモチーフにした作品こそがカリスマのエド・ゲインを作り出した装置となっていて、事実としてのエド・ゲインは誰も知り得ないと言う、本作がフィクションである事を強調するような描き方がされている点がある事。
物語的に小気味良く「あなたを愛せるのは私だけ」とエド・ゲインの母親がエド・ゲインに語りかけ幕を閉じるのだが、本作もまたエド・ゲインをモチーフとした劇中で登場したフィクションの一つであると言うスタイルは、渋い美しさがあった。
ソーセージ・パーティー ~理想郷 フードトピア~ シーズン2(2025)
Amazonプライム配信の海外CGアニメ作品の劇場版、連続テレビシリーズ1期に続く2期。
あらすじ
<内容>
地元から追放されたフランク、バリーとサミーは食品、そして人間にとっても優れたユートピアであるニュー・フードランドに行き着く。だが輝く冷蔵庫とはじけるような笑顔の裏には、意識を持つ食品たちの社会を脅かすくらい秘密が隠されていた。
シーズン2も面白い
シーズン1で、食べ物たちは人との共生に辿りついた、かに見えた。
シーズン2では、何もかもが上手く行かなくなり、独裁を敷いたフランクは、バリーとサミー、そしてジャックも一緒にフードトピアから追放されてしまう。
彷徨っていると、ニュー・フードランドと言う巨大都市に辿り着き、そこでは人間と食べ物との共生が上手く行っていた。
ユートピアを満喫していた4人だったが、ニュー・フードランドはニュー・フードランド以外の食べ物達を侵略して家畜化した人間に与え、人間を兵器として運用する社会で、次のターゲットがフランクのせいでフードトピアに決まってしまい、4人はニュー・フードランドからフードトピアを守る為に奔走する事になっていく。
相変わらず、マジで酷い絵面(誉め言葉)でエログロに展開していくソーセージ・パーティーワールドなわけで、それは今回も健在。
エロは抑えめで、基本は下品さに振っていて、人を家畜化して搭乗ロボットの様に扱う技術を確立させたニュー・フードランドが、食べ物達にアナルプラグ型ヘルメットを付け、股間にコックピットまで付ける事で尻穴から入り人を操作するのを効率化して、と言うのが中心に来る事で、疑似的ロボット物をやりつつ、人同士、食べ物同士の敵同士でのロマンスまで絡み、それらが大真面目に展開していく。
フランクはジャックに共生する為にはカニバリズムを強制したが、ニュー・フードランドでは非ニュー・フードランド国民を人の餌にして飼いならすと言う道を選び、何が正しくて何が人道的だとかの概念がグチャグチャな状態で話が進んで行くのは、本作ならではの視聴感。
食べ物側が主人公なので人間と仮に見ると、人間は人を餌にする巨人や怪物として見えて、怪物を御する為に不要な人を怪物の餌にするべきか、怪物を共食いさせるべきか、みたいな状態だが、どちらも酷いw
まさかのシーズン3に続くENDで、シーズン3に向けて新勢力「アメリカ軍」が登場して、物語は、ほんとどうなっちゃうのって感じ。
フランクとジャックの種族を越えた愛も、皮肉たっぷりな「これこそポリコレ」と言う感じで、これもまた面白い。



